真田丸・第七回「奪回」(2)板部岡江雪斎(いたべおか こうせつさい)と外交僧について

「ご隠居様、よし知らせでございます」板部岡江雪斎 真田丸
「ご隠居様、よき知らせでございます」

北条氏政に神流川の戦いの戦勝報告をする板部岡江雪斎
是非、ふりがなを振っていただきたかった人物名ですが、「いたべおか こうせつさい」と読みます。



よく見ると僧侶の格好 板部岡江雪斎 真田丸
暗くてよく見えませんが、よく見ると僧侶の格好をしているのが分かるでしょうか。
ドラマでは単に北条家家臣と書かれていますけど、彼はお坊さんでもあります。


僧侶でありながら、一部の大名の家来 真田丸
大名は武士なので、普通は家来といえば武士なのですけど、一部、僧侶でありながら、大名の家来になっている者もいました。


2014年大河ドラマ「軍師官兵衛」の安国寺恵瓊
有名なのは安国寺恵瓊
彼は毛利家の家来となり、主に外交関係の仕事をし、最後には大名にもなりました。
戦国時代は身分や職業が曖昧な時代ですので、僧侶としてお寺に所属しながら、武士である大名の仕事を手伝うといったこともあるのですね。
安国寺恵瓊は前述のとおり、外交関係の仕事をしていたので外交僧と呼ばれていました。
板部岡江雪斎も、北条家の外交僧といって差し支えないでしょう。
※画像は2014年大河ドラマ「軍師官兵衛」の安国寺恵瓊


【うんちく解説 : 外交僧】
僧侶はお経などを読む都合もあり、戦国時代には珍しく、きっちりと文字を読み書きでき、学問にも通じていました。
※そういう人が多かったという意味。
一般的に日本人は識字率が高く、学力の高い国民とされていますが、それはこれから数十年後に始まる江戸時代からの話です。
戦国時代の武将には、ろくに読み書きが出来ないものも多かったのです。
その中で、きっちりと読み書きが出来、学問に通じている僧侶が、内政面・外交面で仕事をすることがあったのももっともな話ではあります。

また、当時のお寺は、大名や有力な武将の寄付でお寺が建つことが多く、寺を建てる時に、自分の子弟を僧侶にすることもありました。
つまり、僧侶とはいっても戦国武将の子弟もいるわけです。
例えば板部岡江雪斎は田中泰行という北条家家臣の子ですし、安国寺恵瓊は諸説ありますが、いずれにせよ、武士の子だとされています。
大抵の場合、家の跡継ぎでない者を僧侶にしました。
理由はいろいろとあったでしょうが、ざっくり言えば跡継ぎでない者の食い扶持を与えたという言い方もできるでしょう。

しかし家庭の事情で僧侶になったとはいえ、仏門の世界に没頭すること無く、現実世界で身を立てたいと考える人も当然いるわけで、その中でも優秀な人が、後世にも名が残っている安国寺恵瓊であり、板部岡江雪斎であるわけですね。


ニッコリの北条氏政 真田丸
その板部岡江雪斎の報告で知った、戦の大勝利にニッコリの北条氏政でした。
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