真田丸・第七回「奪回」(3)滝川一益の撤退した箕輪(みのわ)城の位置関係と歴史を少ししっておこう

滝川一益敗北の報せは真田の郷にも 真田丸
滝川一益敗北の報せは真田の郷にも伝わります。

「箕輪城に退いたとのこと」 真田丸
滝川一益の敗北を知る真田家の人々。

滝川一益たちは箕輪城に退いたとのこと」です。


岩櫃城と沼田城との位置関係 地図 真田丸
箕輪城は上野(こうずけ)の中央の城。
岩櫃城と沼田城との位置関係はこんな感じです。
先程、テロップで「真田の郷」と出たので、真田家の人々は、小県(ちいさがた)郡にいたわけですから、信濃でこの報告を聞いたことになりますね。
この後すぐに岩櫃城と沼田城を落とすには、やや遠い配置の気もしますが・・・。
※地図はゲーム戦国史より


箕輪城
箕輪城は今は残っていませんが、元々は長野氏という大名家の本拠地。
武田家の攻撃を何度も受けましたが、その度に跳ね返した名城でした。
結局は味方の裏切りなどで武田家に落とされ、織田家の甲州討伐のあとは織田家のものになっていたわけです。


沼田城 真田丸
それはともかく・・・


沼田城を取り戻しました 真田丸
真田家は沼田城を取り戻しましたね。
よく見ると、倒れている兵士は織田家の旗を持っています。
滝川一益の兵が守っていたわけですから、当然といえば当然ですが、これで完全に滝川一益に敵対行為を取ったことになります。


「どうやら一益が連れて行ったようです」 真田丸
「どうやら一益が連れて行ったようです」

沼田城は取り戻しましたが、人質になっているはずの御祖母様とりがいませんでしたね。
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テーマ : 真田丸
ジャンル : テレビ・ラジオ

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