真田丸・第八回「調略」(4)春日信達にとって海津城を与えられることの意味は大きかった&北条氏直って本当にこんなキレキャラだったの?

「春日信達(かすがのぶたつ)の調略、手こずっているようでございますな」高梨内記 真田丸
「春日信達(かすがのぶたつ)の調略、手こずっているようでございますな」

信繁からの報告を待つ、真田昌幸とその家来・高梨内記(たかなしないき)。



「小諸(こもろ)城にて戦支度が整い次第、川中島へ兵をすすめるものと思われます」高梨内記 真田丸
「小諸(こもろ)城にて戦支度が整い次第、川中島へ兵をすすめるものと思われます」

と更に報告する高梨内記。


小諸城にお祖母様とりを救出に向かう真田信繁 真田丸
小諸城は以前、信繁が滝川一益の人質となった とりを取り戻すために忍び込んだ城です。

小諸城の道家正栄は滝川一益の兵と信繁が見分けられなかったのは無理があるという話参照


小諸城と海津城の位置関係 地図 真田丸
小諸城と海津城の位置関係はこんな感じ。
もう目と鼻の先。
距離にして50km程度ですから、明日か明後日には戦争が始まりそうですね。



「マズいのう・・・あんまり引っ張り過ぎると、ワシが出て行く機会がなくなる」真田昌幸 真田丸
「マズいのう・・・あんまり引っ張り過ぎると、ワシが出て行く機会がなくなる」

真田昌幸としては、春日信達を裏切らせることで、北条軍を勝利させ、それを手土産に北条家に付きたいわけですから、それより先に戦争が始まってしまっては、意味がありませんからね。


北条軍が居る小諸城に到着 真田丸
結局、春日信達の調略が成功したのか、失敗したのかわからぬまま、北条軍が居る小諸城に到着。


「今更のこのことワシの前に、よう姿をあらわしたな」北条氏直 真田丸
「今更のこのことワシの前に、よう姿をあらわしたな」

北条軍に加わるのが遅かったことを責める北条氏直(うじなお)。


「我が父に合わせる前に確かめておきたいことがある」織田信忠
以前も織田信長の息子・織田信忠に責められていましたが、よく若殿を怒らせますなぁ(笑)

戦国武将にとっては、会見もまた戦い。徳川家康も絡んできて、真田昌幸大ピンチ。参照





「北条を侮るか!!」北条氏直 真田丸
「北条を侮るか!!」

せっかく手土産と頑張った春日信達の調略も「そのような小細工はいらぬ!!」とブチギレの北条氏直。
あらあら・・・。


お父さんは策が上手くいってニッコリ 真田丸
まあ、もっとも、春日信達の調略が成功したという話自体が、
嘘なのですけどね(笑)


「春日ごときの力を借りずとも、上杉を蹴散らす力を我等は持っておるわ!!、」北条氏直 真田丸
「春日ごときの力を借りずとも、上杉を蹴散らす力を我等は持っておるわ!!」

と、かなりお怒りの様子。


「さっ近こう近こう」北条氏政 真田丸
「さっ近こう近こう」

しかし、何故か陣中見舞いに来た、北条氏政が来て情勢は一変。
氏政は真田昌幸がこちらに付いてくれたと大喜びです。


「つきましては、勝利の暁には・・・」真田昌幸 真田丸
「つきましては、勝利の暁には・・・」

氏政は真田昌幸の春日信達の調略も歓迎してくれました。
そういうわけで「勝利の暁には、春日信達に海津城を与える旨、一筆したためてはいただけないでしょうか」と要求します。
裏切りの見返りということですね。

【うんちく解説 : 春日信達と海津城】
春日信達 真田丸
先程、真田信繁が「元々この海津城は、春日様のお父上のお城だったのですね」と言ってましたし、現在の春日信達は上杉景勝に海津城を任されているわけですから、今更、北条氏直に一筆したためて貰っても意味がない気はしますけど、実は結構大きな話だったりします。


大河ドラマ「風林火山」高坂弾正
"難航する春日信達の調略。ついでに父・高坂弾正のことをもう少し解説"でも書いたように、春日信達の父・高坂弾正が武田信玄から海津城を預かったのは25年ほど昔。
ただ、これは城代としてでした。


信濃・海津城 真田丸
城代は城の守備を任された守備隊長であり、城主ではありません。
現代風に言うなら、城代は店長で、城主はオーナーです。
全然意味が違いますよね。
父・高坂弾正の時代は武田信玄の指示で城代となり、春日信達時代の今は、上杉景勝の指示で城代となっているわけです。


代々店長
つまり代々店長ではあっても、そのお店のオーナーになったことは無いのですね。
したがって、真田昌幸が「海津城を春日信達にお任せください」と言っているのではなく「海津城を与える」と言っているのは、春日信達にとって非常に大きな話だと言えるでしょう。
店長から、オーナーになれるわけですから。
まあ、あくまでも北条家の家来としてですけども。


「真田ぁ?大して知らぬよ」北条氏政 真田丸
「真田ぁ?大して知らぬよ」

軍議の場を離れた北条氏政と板部岡江雪斎(いたべおかこうせつさい)。
先程、あれほど真田昌幸を持ち上げた北条氏政ですが、実は全く買ってなかったという(笑)


「ちょいと手綱を引いておこうと思っただけのことじゃ」北条氏政 真田丸
「ちょいと手綱を引いておこうと思っただけのことじゃ」

息子の北条氏直が天狗にならないように、真田昌幸を持ち上げることで、たしなめたということが真相なのですね。


「草津の湯にでも寄って、帰るとするか。ハッハッハッ」北条氏政 真田丸
「草津の湯にでも寄って、帰るとするか。ハッハッハッ」

そりにしても氏政。
何しに来たのでしょうかね(笑)


小田原から海津城はおよそ300km グーグルマップ 真田丸
小田原から海津城はおよそ300km。
普通に行けば一週間程度はかかる距離ですし、ちょっと陣中見舞いに行こうかって距離ではないのですけども(汗)


【うんちく解説 ; 北条氏直は傍若無人?】

「春日ごときの力を借りずとも、上杉を蹴散らす力を我等は持っておるわ!!、」北条氏直 真田丸
ドラマではすっかり傍若無人キャラで描かれた北条氏直。
実際の人物像はどうだったのでしょうか?
「北条記」という北条家のことを書かれた書物には「氏直君はずいぶん判断力にも富んでいたが、惜しいかな虚弱な体質であったため、みずから裁決せず、人まかせにするあやまちをおかしたために、ついにその家を失うこととなった」とあります。
どちらかと言うと、決断力のない、ひ弱はお坊ちゃんという印象が臭うのですが、どうでしょうか。
ちなみに、このドラマの時点では若干20歳。
大軍を率いる重責をよく果たしたとも思います。
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