真田丸・第九話「駆引」(8) 徳川家康が密かに頼っていた織田家が援軍を出せない理由とは?

「この間にワシらは力をつけるのじゃ」真田昌幸 真田丸
「この間にワシらは力をつけるのじゃ」

北条軍をやり込め、祝杯をあげる真田親子。




「この報せが・・・」高梨内記 真田丸
「この報せが・・・」

しかし、高梨内記(たかなしないき)が持ってきた書状で、北条と徳川が和睦したことが判明。
これにより、徳川と北条が揉めている間に「力をつけるのじゃ」は無理になりました。

【和睦】
争いをやめて仲直りすること。
和解。


密かに頼みの綱としていた織田方 真田丸
ナレーション
「家康にしてみれば、戦線を押し返したとはいえ、その先の北条の大軍を倒したわけではない。密かに頼みの綱としていた織田方はとても援軍を出すような状態ではなくなっていた」


【うんちく解説 : 織田方はどうなっていたのか?】
この北条と徳川の戦いのあった頃、織田家はどうなっていたのか。


本能寺の変のあと、羽柴秀吉が謀反した明智光秀を討ち、その後の織田家の方針を決めるため、尾張・清須において清須会議が実施されたのは「例のごとくサラっと流された清須会議と、滝川一益のその後を解説」で触れた通り。



羽柴秀吉が登場 真田丸
織田信長の敵討ちをしたことと、清須会議を有利に進めたことで、一挙に力をつけたのは羽柴秀吉です。
後の豊臣秀吉ですね。





柴田勝家
ただ、織田家で羽柴秀吉より幹部であった柴田勝家はこれに反発しており、柴田勝家を中心とした反羽柴派と、羽柴秀吉を中心とした派閥とで真っ二つに割れてしまいました。


大河ドラマ「軍師官兵衛」の三法師
また清須会議で決まった織田家の跡継ぎは織田信長の孫で、まだ2歳か3歳。
とても、自分の意思で徳川に援軍を出すことは無いでしょうねぇ(笑)
そもそも、このような子供を跡継ぎにした時点で、羽柴秀吉としては、織田家を乗っ取るつもり満々だったのでしょう。
※画像は大河ドラマ「軍師官兵衛」の三法師


そして織田信長 真田丸
つまり、実質的に織田家という勢力は無くなってしまっており、あるのは羽柴秀吉や柴田勝家を中心とした勢力ということになります。
彼らは対立を深めており、翌年には戦争になりますので、とても徳川に援軍を出してはくれないでしょう。


徳川家康は、北条氏政の提案を受け入れて、和睦に応じた 真田丸
こうして、戦局の不利を悟った徳川家康は、北条氏政の提案を受け入れて、和睦に応じたというわけです。


「真田の立場はどうなるのだ・・・」真田昌幸 真田丸
「真田の立場はどうなるのだ・・・」

北条を裏切って徳川についた真田家としては、かなり微妙な結果になってしまいしたね。
上杉にも恨みを買いましたし・・・。


次回に続きます。 真田丸
というわけで次回に続きます。

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