真田丸・第10回「妙手」(4) 徳川家康に対抗する城を徳川家康に造らせた話は史実なのか?

「理不尽至極!!」真田信幸 真田丸
「理不尽至極!!」

徳川家康が約束を違えて、北条に沼田を渡すように言ってきたことから、温和なお兄ちゃん信幸もブチギレです。
いくら城を作ってくれるとしても、大半の領地を渡すことを了承出来るわけがありませんよね。
「大名・家来・国衆の関係を商店街に例えると分かりやすい」で解説したように、大名と家来の関係は、それほど絶対的なものではありません。
ましてや、つい最近、徳川に付いたばかりの真田家に、領地を北条に渡せという権利は、当時の常識としてもありません。
現代のサラリーマンで言えば、赤の他人に給料の大半を渡せって言っているのと一緒です。



「斬り捨ててくれるわ!!」本多忠勝 真田丸
「斬り捨ててくれるわ!!」

真田信幸の無礼な態度に、本多忠勝もブチギレ。
忠義者の忠勝には、信幸の態度は許せないのでしょうね。


素早く間に割って入る真田信繁 真田丸
素早く間に割って入る真田信繁


自らは刀を畳に置いて 真田丸
しかも、自らは刀を畳に置いてしまいました。
こういったシーンは初めて見ましたが、刀を置いたことで喧嘩する意思は無いことを見せて、相手を諌めたというシーンなのでしょう。

本多忠勝は30代半 真田丸
この時の本多忠勝は30代半ば。
武将として油に乗っている時期ですが、10代の若者にここまでされては、鉾をおさめるしか無いといったところでしょうか。


控室でぐったりの信幸 真田丸
控室でぐったりの信幸(笑)

徳川家康相手に、よく頑張りましたね。
信幸も兄とはいえ、
まだ10代ですからね(笑)



「私もそう思っておりました」真田信繁 真田丸
「私もそう思っておりました」

父・昌幸が徳川家康に城を作らせる理由は、実は将来、徳川家康自身に対抗するためだと予測する叔父・信尹に同意する信繁。


「では・・・徳川と戦うための城を徳川に造らせるというのか」真田信幸 真田丸
「では・・・徳川と戦うための城を徳川に造らせるというのか」

この発想には信幸もビックリです。


【うんちく解説 : 徳川家康に対抗いるために徳川家康に城を造らせたのは事実なのか?】

上田城
今回、真田昌幸が徳川家康に造らせようとしている城は、後に上田城と呼ばれる城です。
完成当初は尼ヶ淵に作ったことから、尼ヶ淵城と呼ばれたこともあるそうです。


「北条め、上杉の強さを忘れたようだな」上杉景勝 真田丸
ドラマでも語られているように、上杉方に対抗するための城として築城されました。


上田城の位置 地図 真田丸
地図で言うとこんな感じの場所です。
まさに徳川家と上杉家の境界線に防衛のための城を造ろうというわけですね。


「まあ、そう申すな」徳川家康 真田丸
家康としては、上杉家に対抗するために、この城の築城は是非必要だったでしょう。
そうでなければ、真田家に申し入れられても造らなかったはずです。
ただし・・・


「人でや材木は、徳川で用立てよう」徳川家康 真田丸
「人でや材木は、徳川で用立てよう」

と、家康は言っています。
ドラマでは、全て家康の負担で造ったような印象になっていますが、これはおそらく無かったでしょう。
徳川家にとって戦略上必要であるから造る城だけに、それなりの支援はあったと思われますが、人出を出したというのはちょっと考えにくいです。





作業員は地元の百姓が動員
当時の城作りは、一部の専門家をのぞいて、メインとなる作業員は地元の百姓が動員されるのが普通です。
納税代わりに無料で働かされる場合もありましたし、給料が出る場合もありましたが、いずれにしても直接工事に関わるのは地元の人達です。


実際の工事は孫請けの地元工務店
現在でも、工事の発注は大手建設会社が請け負っても、実際の工事は孫請けの地元工務店ということはよくある話。
交通事情のいい現代ですらそうなのです。
戦国時代に、わざわざ他の国の城を建築するために出かけていく物好きはいないでしょうからね。
ですので、徳川家からの支援は、一部の専門家を派遣したり、資金面での援助が主だったと思われます。
※ただし、信濃で徳川家についた国衆たちは当然動員されたでしょうから、徳川が人出を出したというのも嘘ではないでしょうが。

「真田の立場はどうなるのだ・・・」真田昌幸 真田丸
では、真田昌幸は、最初から徳川家に対抗するために、この城の築城を計画していたというのは史実でしょうか?
これは昌幸の心のなかの話ですので、事実を掴む方法はありませんが・・・


「沼田を貰い受けたい」徳川家康 真田丸
「沼田を貰い受けたい」

この時点で徳川家康が、沼田についての約束を守らない状況になりつつあったのは、事実なわけですから、当然、徳川家と戦う可能性は考慮していたかと思います。


上田城は南に千曲川と尼ヶ淵 地図
また、上田城は南に千曲川と尼ヶ淵があり、徳川家のある南にも強い防御力を誇ります。
徳川家と戦うのにも十分に活用出来るというわけです。


お父さんは策が上手くいってニッコリ 真田丸
結局のところ、上田周辺に領土を伸ばしたい真田昌幸と・・・


「よっしゃぁぁぁ」徳川家康 真田丸
上杉家に対抗する城が欲しかった徳川家康の利害が一致したと考えるのが、一番納得出来ると思います。
もっとも、この後の展開を見ると「最初から徳川家に対抗するため」と言われても納得ではありますけども。
その辺り、いずれドラマの中で語られるはずなので、ここでは触れずに置きます。


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