真田丸・第10回「妙手」(8) 頑固ジジイ矢沢頼綱のせいで戦いが始まったのは本当なのか?

「矢沢頼綱とやらを説得する間、もう少し待って欲しいそうだ」徳川家康 真田丸
「矢沢頼綱とやらを説得する間、もう少し待って欲しいそうだ」

人質を返したにも関わらず、真田家が沼田城を明け渡さないことにイラつく徳川家康。



矢沢頼綱は、明け渡し交渉をしに来た北条家の使者を槍で突き殺してしまいます。 真田丸
更に矢沢頼綱は、明け渡し交渉をしに来た北条家の使者を槍で突き殺してしまいます。
戦国時代とはいえ、
無茶苦茶です(笑)


「これで・・・沼田攻めの口実が出来た」北条氏政 真田丸
「これで・・・沼田攻めの口実が出来た」

血の気の多い矢沢頼綱の暴挙をむしろ喜ぶ様子の北条氏政。


北条家による沼田城攻めが開始。 真田丸 地図
こうして北条家による沼田城攻めが開始。



【うんちく解説 : 矢沢頼綱と北条家は実はもう戦っていた】
北条家と沼田城を守る矢沢頼綱との戦い 真田丸
ドラマでは、こうして北条家と沼田城を守る矢沢頼綱との戦いが始まるわけですが・・・


実は戦いはもうとっくに始まっていました。 真田丸
実は戦いはもうとっくに始まっていました。
ドラマと同じく、籠城して北条軍を退けた矢沢頼綱は、兵を引いた北条軍に夜襲をかけて打ちのめしています。


矢沢頼綱は60代半ば 真田丸
この時、矢沢頼綱は60代半ば。
当時の感覚では、隠居していてもおかしくないお爺さんですが、なかなかやります。



徳川家康は、北条氏政の提案を受け入れて、和睦に応じた 真田丸
このため、徳川と北条が和睦したタイミングでは、既に北条家は沼田城の攻略を諦めています。
諦めたからこそ、沼田城の明け渡しを和睦の条件にしたわけです。
そして、徳川家康は、真田家が北条家に沼田城を明け渡す代わりに、代替の領地を用意するはずだったわけです。


「沼田の件、ひとつよしなに・・・」徳川家康 真田丸
むしろ問題は、沼田城を明け渡すことではなく、沼田の領地の代替を徳川家康が示さなかったことなのですね。


「血の気が多いにもほどがある・・・」真田昌幸 真田丸
「血の気が多いにもほどがある・・・」

また、今回の戦いは、矢沢頼綱が勝手に行ったような展開になっていますが、これはおそらく無かったでしょう。
矢沢頼綱が沼田城の明け渡しに応じなかったのは、おそらく真田昌幸自身が命じたことのはず・・・


沼田の土地の一部を恩賞 地図 真田丸
その証拠に、この戦いが終わった後、真田昌幸は矢沢頼綱に対して、沼田の土地の一部を恩賞として渡しています。
矢沢頼綱が命令違反をしていたなら、恩賞は渡さないはずです。



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