真田丸・第12回「人質」(12) 「お主のような子が欲しかった・・・」上杉景勝に子供はいなかったのか?

「お主のような子が欲しかった・・・」上杉景勝 真田丸
「お主のような子が欲しかった・・・」

まるで子供がいないような言い回しの上杉景勝ですが・・・







上杉定勝
実はちゃんと上杉定勝という子がいて、後に上杉家を継いでいます。
※コメントでご指摘いただきましたが、定勝が生まれたのは1604年。
 すなわち、この時点ではうまれてませんでした。
 ということで、ここの本文は間違えております。
 失礼いたしました。

上杉謙信を演じたGACKT
生涯、女性を抱かなかったと言われる謙信と違い、景勝はやることはやっていたのですね。
というわけで、ここで言っているのは「お前のような賢い子が欲しかった」という意味のようです。
鉄火起請の件などで、すっかり信繁を気に入ったのでしょう。


上杉家に加わる 真田丸
おかげで、沼田城の引き渡し無しで、上杉家に加わることを許されました。


「でかした!!」お兄ちゃんもお父さんも大喜び 真田丸
「でかした!!」

これにはお兄ちゃんもお父さんも大喜び。


「真田が上杉についたか・・・」徳川家康 真田丸
「真田が上杉についたか・・・」

沼田城の引き渡し無しに家臣団に加わることを許された真田家は、もちろん、徳川家康とは縁切りです。



鳥居元忠率いる7000 真田丸
怒った徳川家康は、出兵。


「どうしても加わりたいのです!!」真田信繁 真田丸
「どうしても加わりたいのです!!」

上杉家は新発田重家の反乱が鎮圧出来ていないこともあり、たった100人しか援軍を出せないとのこと。
しかし人質である信繁も帰れることになりました。


海津城に向かう信繁と三十郎 真田丸
ということで、その100人を集めている海津城に向かう信繁と三十郎。
海津城は春日信達のお話で出てきた城ですよ。

春日信達にとって海津城を与えられることの意味は大きかった参照


それでは次回・・・
関連記事

テーマ : 真田丸
ジャンル : テレビ・ラジオ

コメントの投稿

非公開コメント

源次郎が人質として上杉に居た頃には、景勝には、まだ子供は居なかったと思いますよ。
定勝って景勝が50代に入ってからできた実子で、たしか関ヶ原より何年かあとに生まれた子だったはずです

Re: タイトルなし

> 源次郎が人質として上杉に居た頃には、景勝には、まだ子供は居なかったと思いますよ。
> 定勝って景勝が50代に入ってからできた実子で、たしか関ヶ原より何年かあとに生まれた子だったはずです

ご指摘いただき、確認いたしました。
仰るとおりですね。
本文にも訂正を加えました。
ありがとうございました。
スポンサードリンク01
カテゴリ
プロフィール

うんちく仙人

Author:うんちく仙人
このサイトでは、歴史に興味が無い方でも、歴史ドラマをドラマとして楽しめるように手助けする趣旨で書いております。
特にドラマは好きだけど、歴史はあんまりわかんないという女性の一助になれば幸いです。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
スポンサードリンク02
RSSリンクの表示
リンク