真田丸・第13話「決戦」(2) 上田城に兵を出した徳川家の状況もかなり厳しかった

「何故にそれがしに、真田攻めを命じてくださらなんだ」本多忠勝 真田丸
「何故にそれがしに、真田攻めを命じてくださらなんだ」

相変わらず暑苦しい本多忠勝(笑)
真田攻めを指揮したかったようですね。




「何故にそれがしに、真田攻めを命じてくださらなんだ」徳川家康 真田丸
秀吉がいつまた攻めてくるかわからんのだ。ここにいてワシを守れ」

秀吉から攻撃される可能性を言って諭す徳川家康。
家康の言うとおり、敵は真田ばかりではありませんからね。


上田城攻め時点での勢力図。地図 真田丸
上田城攻め時点での勢力図です。
羽柴秀吉との小牧長久手の戦いは、徳川家康の勝利で終了していますが、羽柴軍の兵を全滅させたわけではありません。
それどころか、小牧長久手では徳川家康に勝てなかった秀吉ですが、この戦いの後、着々と天下取りに向けて動いています。


於義丸
まず、小牧長久手では負けなかったとはいえ、徳川家康は次男の於義丸(おぎまる)を人質に差し出して、秀吉と講和しています。
※画像は大河ドラマ「江 ~姫たちの戦国~」の於義丸


長宗我部元親
また秀吉は、長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)を降伏させて、四国も平定しており、織田信長の領地を引き継いだだけでなく、その領地を拡大していました。
※画像は大河ドラマ「軍師官兵衛」の長宗我部元親





島津義弘 
更にこの時期、秀吉は九州の島津家を攻撃するために、九州に大軍を送ろうとしていましたので、秀吉としては、徳川家康を攻める予定は無かったでしょうね。
※むしろ、徳川家康から人質を取ったから、安心して九州に兵を出したわけです。
※画像は大河ドラマ「軍師官兵衛」の島津義弘


徳川家康が秀吉の家来になったわけではない 真田丸
ただ、話が少々ややこしいのは、徳川家康が秀吉の家来になったわけではないということ。
普通、人質を出した時点で、家康本人も秀吉の元に挨拶に行きます。
これで家来として、認められることになるわけですが、家康は人質を出しながら、挨拶には行っていません。


於義丸
どうやら、家康は於義丸のことはどうでも良かったようです。
その後の言動を見ても嫌っていたようです。
ですので、実質、於義丸は捨てられたようなもの(汗)
話はそれましたが、いずれにしても、徳川家康と秀吉の関係は、まだ緊張状態にあったということですね。


豊臣秀吉 真田丸
秀吉の勢力は既に織田信長以上になっていますから、九州に出兵しながら、ついでに徳川に兵を出す程度のことは可能性としてはありえました。
徳川家康としては、秀吉の主力が九州に行っている間に上田城を攻めたわけですが、それでも秀吉軍の動きには注意する必要があるという状況だったわけです。
関連記事

テーマ : 真田丸
ジャンル : テレビ・ラジオ

コメントの投稿

非公開コメント

スポンサードリンク01
カテゴリ
プロフィール

うんちく仙人

Author:うんちく仙人
このサイトでは、歴史に興味が無い方でも、歴史ドラマをドラマとして楽しめるように手助けする趣旨で書いております。
特にドラマは好きだけど、歴史はあんまりわかんないという女性の一助になれば幸いです。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
スポンサードリンク02
RSSリンクの表示
リンク