真田丸・第13話「決戦」(4) 戦国時代の城下町は日本が平和だという証しだった

上田城の城下町に工事 真田丸
一方、真田軍はというと、上田城の城下町に工事をほどこして、徳川軍を迎え撃つ準備中。




城下町が残っている
今でも、お城があった跡には、城下町が残っているので、現代の我々としては、ずっと昔から城下町があったように誤解しますが・・・


城下町が出来始めたのは戦国時代 真田丸
城下町が出来始めたのは戦国時代になってからです。
もちろん、それ以前も、ある程度は城の近くに住む人もいたでしょうけども、大名が計画的に区画を整理し、時には強制的に城下に住まわせたのが、城下町の始まりです。


そして織田信長 真田丸
計画的な城下町を積極的に作り上げたのは、戦国時代の革命児・織田信長。


戦争の防御施設 城下町 真田丸
城下町は、今回のお話のように、戦争の防御施設としての役割。


家来たちを集めておく 真田丸
また、家来たちを集めておくための役割。
※それまでは、家来たちは、自分の領地の住まいに住んでいたので、打ち合わせをするにも、戦争をするにも、集めるのに非常に手間がかかった。
※また家族ごと住まわせることで、実質、家族ぐるみで人質にとることができ、大名の権力を強める意味もあった。




安土城下 真田丸
更にその地域の商工業の中心地としての役割などがありました。


城内町 
余談ですが、世界的には主だった都市では城下町ではなく、町ごと城壁で取り囲む城内町が発展しました。
世界での戦争は異民族との戦いが多いため、戦争に負けると、住民も含めて皆殺しになる可能性があったからです。


選挙
それと比較すると、日本の場合は、戦国時代といえど、同一民族同士の戦いなので、あくまで支配者が変わるだけのことで、住民にとっては大きな変化ではありません。
今で言えば、選挙で政治家が代わった程度の認識だったでしょう。
したがって、日本においては、城内町は発展せず、城下町になっていったわけですね。


上田城工事 真田丸
戦国時代は戦いが頻発する戦乱の時代でしたが、世界史的にみると、日本の歴史というのは、非常に平和なものだったことが城下町が示しているわけです。



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