真田丸・第14話「大阪」(6) 今後のキーマン石田三成の前歴を軽く紹介

加賀・倶利伽羅峠 真田丸
ナレーション
「大阪へ向かう景勝一行は、日本海沿って進み、加賀に入った」

秀吉に会うために加賀・倶利伽羅峠(くりからとうげ)に到着した上杉景勝たち。
加賀は今の石川県です。




春日山城から倶利伽羅峠への道のり グーグルマップ 真田丸
当時の交通事情であっても、およそこんな感じの道のりだったかと思います。


石田三成 真田丸
そこで待っていたのは、石田三成
治部少輔は官位です。
秀吉が関白になった時に、一緒に任命されています。
本来は訴訟や、結婚、戸籍関係の管理などのお役所仕事の監督役ですが、当時の天皇は、実権が無かったので、当然そういうような役所があったわけではなく、あくまでハクを付けるために貰ったものです。
ただし、石田三成自身は、そういう内政向きの仕事が得意な人でしたので、そのあたりを考慮して、治部少輔を貰ったのかも知れません。


石田三成 真田丸
真田家にも深く関わってくる人ですので、この後のことはドラマで語られるかと思います。
ですので、ここまでの彼の人生を軽く紹介。


石田三成の三杯の茶
秀吉との出会いとして有名なのが「三杯の茶」という逸話。

鷹狩りをしていた帰りに、喉が渇いた秀吉が寺に立ち寄りお茶を所望したところ、最初に大きめの茶碗にぬるめの茶を、次に一杯目よりやや小さい茶碗にやや熱めの茶を、最後に小振りの茶碗に熱い茶を出した。

というもの。
まずぬるめの茶で喉の渇きを鎮めさせ、後の熱い茶を充分味わわせようとしたというわけです。




羽柴秀吉 真田丸
このことに感心した秀吉は、そのお茶を手配した寺小姓(お寺のお手伝いさん)だった石田三成を家来として召し抱えたというお話。
この話自体は創作という説もありますけども、いかにも内政が得意な石田三成というエピソードではあります。
これが12年ほど前の話。
まだ10代前半でした。


羽柴秀吉は10万の大軍
その後、秀吉はどんどんと出世して、信長が死んだ後は天下人への道を邁進しますが、家来の石田三成も主に兵糧の手配や、訴訟の始末など、内政畑で活躍していきます。


「真田が上杉についたか・・・」徳川家康 真田丸
徳川家康など、まだ従わない大名もいるとはいえ、秀吉の天下は時間の問題となりつつあったこの時期ともなると、戦争が得意な武将よりも、石田三成のような内政家タイプの人間が重宝されます。
そういうわけで、秀吉も治部少輔の官位を貰ったりと可愛がっていたのです。
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