真田丸・第17話「再開」(13) 戦国時代の郵便事情

「どうしても真田に届けたい文なら、もう少し上手くやれ」石田三成 真田丸
「どうしても真田に届けたい文なら、もう少し上手くやれ」

こっそり実家に送っているはずの手紙が、実は石田三成に全て抑えられていた信繁(笑)




「旅の僧に預けても駄目でしたか・・・」真田信繁 真田丸
「旅のに預けても駄目でしたか・・・」

今回は、僧侶に預けていたようですね。


滝川一益に手紙を描く北条氏政。 真田丸
ところで、戦国時代の当時、手紙はどうやって届けていたのでしょうか?


郵便局
まず前提として知っておくべきこととして、郵便局はありません。
日本に郵便制度が入ってくるのは、明治維新以降。
この時代からすると、300年近く以降の話です。


佐川急便ロゴマーク
昔の手紙の輸送手段として思いつくのが飛脚
佐川急便のロゴも飛脚ですよね。
飛脚は戦国時代の以前からある職業ですが、戦国時代となって、地方地方が敵対して戦うようになると、各地に関所が設けられて、まともに手紙を送ることも難しくなっていきます。


飛脚
したがって、飛脚がまともに活躍するのは、平和になった江戸時代以降。



虚無僧
それまでは信繁のように旅の僧に預けたり、旅の商人に預けたりというのが、一つの方法だったでしょう。


日本で手紙に封をする文化を広めたのは、実は石田三成 真田丸
また、当時は手紙を封するという習慣がありませんでした。
ドラマで出ている手紙も、折りをつけているだけですよね。


封蝋
西洋では、蝋を溶かした封印をする習慣がありましたが、日本では機密保持の文化が無いのか、個人情報の意識が低いのか、まともに封印をする文化が広まりませんでした。


飛脚
この状態で見知らぬ僧侶や商人に手紙を預けていたのでは、秘密保持もなにもないですよね(笑)
そもそも大阪から信濃に行く僧侶がそう簡単に見つかるとも思えないですし。


「旭姫に勝る人質をお送りするのでございます」石田三成 真田丸
ちなみに、日本で手紙に封をする文化を広めたのは、実は石田三成だったという話もあります。
石田三成だったかはともかく、ちょうどドラマの時代前後で、手紙に封をすることが広まったのですね。



佐助さん登場です。 真田丸
いろいろと書きましたが、確実に情報を送りたいなら、佐助のようなスパイを常時近くにおいておくしかないでしょうね。
信濃まで佐助を使って、手紙を送ると考えると、往復1ヶ月ぐらいかかるでしょうか。



切手
一人の人間の給料を払って、往復の交通費・食費・宿泊費を負担して手紙を送るとしたら、今の金銭感覚でも50万円以上かかるでしょう。
切手一枚でどこでも手紙が届くことが、いかに有り難いことかよくわかりますよねぇ。
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ジャンル : テレビ・ラジオ

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