真田丸・第18回「上洛」(1) 大名になるとはどういうことなのか??

「秀吉は父上を大名に取り立てるとのこと」真田信幸 真田丸
「秀吉は父上を大名に取り立てるとのこと」

秀吉が父・昌幸を大名に取り立てるとわかり、大喜びの真田信幸ですが、父・昌幸はシブい顔。







「気に入らん!!大名の座とは、力ずくで勝ち取るものではないのか」真田昌幸 真田丸
「気に入らん!!大名の座とは、力ずくで勝ち取るものではないのか」

父・真田昌幸不服のようです。
ところで、そもそも大名とはなんなのでしょうか?


名主
大名とは、もともと「大名主(おおなぬし)」が語源。
今で言うと大地主ですね。
昔は「沢山土地を持っている」イコール「沢山田畑を持っている」ということ。
「沢山田畑を持っている」はイコール「沢山の収入があり、多くの人を従えている」という意味でもあります。


大河ドラマ「太平記」の足利尊氏
その後、足利尊氏が室町幕府を作ると、各地に守護大名を置きました。
この頃は、大名とは基本的には室町幕府が任命した人ということになりますね。
※画像は大河ドラマ「太平記」の足利尊氏


戦国時代
しかし、戦国時代になって、世の中が乱れてくると、この法則がほとんど当てはまらなくなります。
実力の無い人は土地を失って大名でなくなりますし、実力のある人はのし上がって、大大名になっていきます。
この時代にのし上がって、大名になった人たちを戦国大名といいます。



そして織田信長 真田丸
例えば、織田信長あたりも、元々は真田家のような小さな勢力でした。
それが実力で周囲を切り従えて大名になったわけです。


真田昌幸 真田丸
それでは、この当時の大名とそうでないものの差はなんなのでしょうか?


真田昌幸を組下にして大喜びの徳川家康 真田丸
このドラマの時期から数十年後に出来る江戸幕府の規定では非常に単純。
領地の石高が1万石を超えれば大名ということになります。
先日の上田城の戦いでは2000の兵が真田軍として戦ったとありました。
一般的には1万石の収入で動員出来る兵士は250人という試算もありますので、この計算だと、真田家の石高は8万石以上だったはず。
つまり、江戸時代の基準ですと、真田家は間違いなく大名だということになります。


真田信幸 真田丸
ただし、江戸時代の場合は、徳川家が天下を統一している状況ですので、大名は全て徳川家の家来という位置づけになります。
このドラマの時点では、真田家は上杉家の家来という立ち位置です。
つまり秀吉の家来の上杉景勝のそのまた家来ということ。
この状況だと、大名とは言い難いかもしれませんねぇ。


「格が違う。向こうは大大名。真田はただの国衆に過ぎぬ」石田三成 真田丸
「格が違う。向こうは大大名。真田はただの国衆に過ぎぬ」

と、石田三成が言い切ってしまっていますね(笑)
結局のところ、なにが大名で、なにが大名じゃないのか曖昧だった時代、ということになるかと思います。
特に真田家、国衆というには力があり過ぎ、大名というには独立出来ていないという中途半端な状況だったわけです。


「ワシはどこで間違ごうた・・・」真田昌幸 真田丸
ですので、そもそも大名になるっていうこだわり自体が意味不明なのかもしれません。


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