真田丸・第18回「上洛」(6) 太政大臣就任も豊臣秀吉が「さほど嬉しゅうはない」理由

「さほど嬉しゅうはない」豊臣秀吉 真田丸
「さほど嬉しゅうはない」

せっかく太政大臣になれたというのに、実は喜んでいない豊臣秀吉。




「かの源頼朝も征夷大将軍にはなかったが、太政大臣にはなれなかった」豊臣秀吉 真田丸
「かの源頼朝征夷大将軍にはなかったが、太政大臣にはなれなかった」

ドラマではこう言っていますが、実は秀吉が本当になりたかったのは、この征夷大将軍の方。



源頼朝(みなもとのよりとも) 
「征夷大将軍は超絶拡大解釈だった!!いやマジで。」で書いたとおり、征夷大将軍になれば、武士の政府である幕府が開けるのです。
秀吉は百姓出身とは言え武士として出世しましたから、当然のごとく征夷大将軍として、武士の頂点に立とうとしていたのです。



「豊臣の大名として、これからはワシのために使こうてくれ」豊臣秀吉 真田丸
ところが、ここで一つ問題がありました。
過去に幕府を作った人の時は、以前の幕府が完全に滅びていたのですが、秀吉の時はそうではなかったということ。


源頼朝
例えば、源頼朝以前は幕府はありませんでしたし・・・
※画像は大河ドラマ「平清盛」の源頼朝


大河ドラマ「太平記」の足利尊氏
室町幕府を作った足利尊氏の時も、既に鎌倉幕府はありませんでした。
※画像は大河ドラマ「太平記」の足利尊氏



大河ドラマ「軍師官兵衛」の足利義昭
ところが、このドラマのタイミングでは、前の幕府、足利尊氏が作った室町幕府の後継者・足利義昭が生きていたのです。
※画像は大河ドラマ「軍師官兵衛」の足利義昭


そして織田信長 真田丸
室町幕府自体は、織田信長に潰されて、影も形も無いのですけども、征夷大将軍の足利義昭自体を殺したわけではなかったので、この時代でもひっそりと生きていました。


秀吉のお気に入りの信繁 真田丸
ここで秀吉が征夷大将軍になってしまうと、世の中に征夷大将軍が二人いることになってしまいます。
ということで、秀吉が考えたのは、この足利義昭の養子になるということ。
当時の習慣として、征夷大将軍は世襲していくものでしたから、足利義昭の子供になれば、征夷大将軍を継げるというわけです。


大河ドラマ「軍師官兵衛」の足利義昭
ところがプライドの高い足利義昭は、百姓出身の秀吉が養子になることを嫌がったのか、これを拒否


「何故にこの陣羽織を・・・」豊臣秀吉 真田丸
このため、秀吉は征夷大将軍になることを諦めるしか無かったのです。


「関白・太政大臣・豊臣秀吉である」真田丸
「関白・太政大臣・豊臣秀吉である」

この結果、秀吉は関白や太政大臣など、本来は貴族が貰う官位を貰って、支配者としての体裁を整えることにしました。
ただしこれは・・・


平清盛
このドラマよりも400年以上も前、平清盛が同じことをしています。
この平清盛は、秀吉と同じく太政大臣となり、支配者として君臨していきますが、貴族になったことで部下の武士たちの支持を得られなくなり、結局、平清盛死後しばらくして、平家が滅びる原因となってしまいます。
※画像は大河ドラマ「平清盛」の平清盛


「ワシを恫喝するか・・・」豊臣秀吉 真田丸
つまり、太政大臣やら、関白やらになって、支配者になる事自体は、秀吉の独創でもなんでもなく、既に事例があったことなのです。
しかも、その結果は良くないものでした。
ですので、本当のところ、秀吉は征夷大将軍にこそなりたかったのじゃないかなぁと思うのです。
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