真田丸・第18回「上洛」(8) 戦争がなくなることを嘆くお兄ちゃん信幸。戦国時代の死生観を知っておこう

「日ノ本は一つの大きな国になるのです」真田信繁 真田丸
「日ノ本は一つの大きな国になるのです」

ようやく上洛してきた兄に、秀吉の考える天下統一を語る信繁。




「ということは源次郎、戦場で暴れまくる日はもう来ないのか」真田信幸 真田丸
「ということは源次郎、戦場で暴れまくる日々はもう来ないのか」

信繁の説明は、兄・信幸にとって意外なものだったようですね。
日本という国は、世界史と比較すると、非常に平和な時期が多かったのですけども、信幸は戦国時代に生まれただけに、平和な世の中が想像出来ないのでしょう。


「生まれてくるのが、いささか遅すぎたのかもしれんな」真田信幸 真田丸
「生まれてくるのが、いささか遅すぎたのかもしれんな」

と、嘆く信幸。
戦争がなくなることを嘆く感覚は、現代人にとって分かりにくいものかもしれませんが・・・


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戦国武将にとって、戦争は営業マンが営業するようなもの。
営業マンは、仕事が取れれば、自分の評価も収入も増え、出世に繋がります。
戦国武将も、戦いで勝利して、自分の評価を上げて、領地を広げたいわけです。





そして織田信長 真田丸
例えば、織田信長の織田家も、元々は真田家の程度の小さな国衆の一つに過ぎませんでした。
それが戦いで勝利し、領地を拡げ、大大名に出世していったわけです。
元を正せば、徳川家康の徳川家も、北条氏政の北条家も、戦国時代初期には、ごくごくちいさな勢力に過ぎなかったのです。
信幸より前の世代では、こういう出世物語が無数にありました。


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こんな過去を知っている真田信幸もまた、戦国武将らしく、そういった出世を夢見ていたのですね。


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この戦争への価値観の違いは、武士だけではありませんでした。
戦争に参加していない庶民が、弁当持参で戦争を見物にいったという記録まで残っています。


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現代人がスポーツ観戦に行く程度の感覚だったわけです。
プレイしている当事者出ないかぎり、勝つも負けるも、娯楽の一つ。
今、これをする人がいたら、SNSとかで叩かれるでしょうねぇ(笑)


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こういう死生観をもつ戦国武将の真田信幸ですから、戦いで暴れまくることが出来無くなるのは、ガッカリするのも当然なのです。



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