真田丸・第19回「恋路」(3) 秀吉「あれの母親にも惚れていた」は嘘だった?

「茶々に惚れてしもた」豊臣秀吉 真田丸
「茶々に惚れてしもた」

正室・寧の膝の上で抜け抜けと言い出す秀吉(笑)
そりゃあ寧さんも「誰の膝の上かわかってますか?」と言うというものですな(笑)




「あれの母親にも惚れていた。親子二代じゃ」豊臣秀吉 真田丸
「あれの母親にも惚れていた。親子二代じゃ」

茶々さんのお母様といえば・・・


お市の方 大河ドラマ「軍師官兵衛」のお市の方
織田信長の妹お市の方。
のちに兄・信長の指示で、大名・浅井長政との政略結婚のために嫁ぐことになりますが、それまでは織田家にいたので、織田家の家来であった秀吉も見る機会ぐらいはあったかもしれません。
※大河ドラマ「軍師官兵衛」のお市の方


※大河ドラマ「秀吉」の木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)
ただし、当時の秀吉は、まだ身分が低く、同席して話すことは到底出来なかったでしょう。
※大河ドラマ「秀吉」の木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)


※大河ドラマ「徳川家康」のお市の方
大変美しいと評判で、「四方に光がさすようだ」ということから「四方(よも)様」と呼ばれたとか。
各種ドラマでも、その時期その時期で評判の美しい女優さんが演じられています。
※大河ドラマ「徳川家康」のお市の方


※大河ドラマ「江ー姫たちの戦国」のお市の方
秀吉がお市に惚れていたという話は、ほぼすべてのドラマで共通しているものでありますが、具体的にそういう話がのこっているわけではありません。
※大河ドラマ「江ー姫たちの戦国」のお市の方






寧 真田丸
ただ、秀吉がお嬢様好きだったのは事実。
百姓出身だった秀吉には、おそらく身分に対するコンプレックスがあったのでしょう。
出世して、気高いお姫様を嫁にすることが、一番偉くなったことを実感出来たのかもしれません。
寧さんにしても、秀吉と結婚した当時は、寧さんの実家の方が身分が上の高嶺の花だったほどです。


大河ドラマ「江ー姫たちの戦国」
信長の家来として出世した秀吉は、やがて大名になり、本来の女好きを発揮して、たくさんの側室を作ることになりますが、やはり貴族出身とか、身分の高い武士の姫とかが好きでした。


「それは間違いなく秀吉政権が崩壊に向かう最初の一歩であった」真田丸 茶々
そういった女性のタイプと、後に茶々を側室にした経緯を考えると、お市の方のことも好きだったに違いないと考えるのは、脚本家として許される想像の範囲ではあると思いますけどもね。
ただし、繰り返しますが、信頼できる資料に、秀吉がお市の方に惚れていたということが書いてあるわけではありません。


※画像は三谷幸喜監督「清州会議」
また、秀吉は信長死後の織田家の方針を決定するために開かれた清州会議において、柴田勝家がお市の方を嫁にすることを認めています。
むしろ勧めたという説もあるほど。
※画像は三谷幸喜監督「清州会議」


※画像は大河ドラマ「軍師官兵衛」のお市の方
もっとも、清州会議の時点では、お市の方は30代後半。
当時の感覚で言うと、かなりオバサンです。
(注)あくまでも当時の感覚ですよ!!
(注)私がそう思っているわけではない!!

栄養事情の悪かった当時は、20代をすぎると今よりかなり老けたそうです。
※画像は大河ドラマ「軍師官兵衛」のお市の方


「よく母上は押し花にして書物の間に挟んでいました。私もやってみます」茶々 真田丸
後に10代後半の茶々さんと結婚する秀吉ですから、かなりロリコンの気もあったのかも(笑)
まあ、当時の感覚ですと、10代後半は既に行き遅れなのですが・・・
(注)あくまでも当時の感覚ですよ!!
もういいか(笑)


関連記事

テーマ : 真田丸
ジャンル : テレビ・ラジオ

コメントの投稿

非公開コメント

スポンサードリンク01
カテゴリ
プロフィール

うんちく仙人

Author:うんちく仙人
このサイトでは、歴史に興味が無い方でも、歴史ドラマをドラマとして楽しめるように手助けする趣旨で書いております。
特にドラマは好きだけど、歴史はあんまりわかんないという女性の一助になれば幸いです。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
スポンサードリンク02
RSSリンクの表示
リンク