真田丸・第19回「恋路」(8) 戦国武将の結婚観。こうさんが信幸の妻だった理由

「大変有り難い話ではございますが、息子には我が亡き兄の娘で、こうと申す嫁がございます。」真田昌幸 真田丸
「大変有り難い話ではございますが、息子には我が亡き兄の娘で、こうと申す嫁がございます。」

徳川家康が申し出てきた結婚に乗り気ではない様子の真田昌幸。




「離縁すればいい話ではないか?」徳川家康 真田丸
離縁すればいい話ではないか?」

しかし、徳川家康はアッサリと「離婚しろ」といいます(笑)


「これほどの良縁、まさかそれしきの理由で断るとは言わせぬぞ」徳川家康 真田丸
「これほどの良縁、まさかそれしきの理由で断るとは言わせぬぞ」

現代人ならば、既に結婚している人が、「別の人と結婚するから、離婚するわぁ」といったことはなかなか出来ません。
ましてや他人に「離婚して俺の紹介する女と結婚しろ」などとは、相当に傲慢な人でも言わない台詞でしょう(笑)
しかし、当時の感覚で言うと、徳川家康の言い分の方がむしろ真っ当でした。


大奥
まず、何と言っても、当時は一夫一婦制ではありません。
したがって「既に嫁がいるから」というのは、結婚出来ない理由には全くならないのです。


信幸の側室・妻・奥さん おこう 真田丸
また、おこうさんがいるので、正室※第一婦人の地位がどうなるのか、というところが多少気になるわけではありますが、それにしたって、別におこうさんを側室に格下げして、稲姫を正室に迎えるといったことがあっても特に問題ありません。


婚姻届
婚姻届があるわけでもないので、ようは真田家の人たちが納得すればいいだけのこと。
もともとこちらが正室でこちらが側室などと、どこかに届けでいるわけではないのですから。

「これほどの良縁、まさかそれしきの理由で断るとは言わせぬぞ」徳川家康 真田丸
「これほどの良縁、まさかそれしきの理由で断るとは言わせぬぞ」

と言う徳川家康の言い分は、当時としては、もっともなのであります。



信幸の奥様こう 真田丸
ついでなので、おこうさんについてももう少し掘り下げてみます。
おこうさんは「息子には我が亡き兄の娘」と昌幸が言ってるように、元々は昌幸のお兄さんの娘です。



真田昌幸のお兄さんで、おこうさんの父に当たる人は、真田信綱という人。
彼は真田家の跡継ぎであり、実際、真田家を継ぎもしました。
ただ、戦争で死んだため、本来は跡継ぎでは無かった昌幸が真田家の当主となった経緯があります。

つまり、こうさんは、戦争孤児だったわけです。
真田家を継いだ昌幸が残された信綱の遺児の面倒を見るのは当時の感覚としては、当然のことでした。
この流れでこうは信幸と結婚することになったのです。


武田勝頼 真田丸
この時、真田信綱には男の子もいたので、その子たちが真田家の跡継ぎとなる可能性もありましたが、それは武田勝頼が許しませんでした。
おそらく、幼児が跡継ぎになることで、真田家が戦力として使いものにならなくなるのを恐れたのでしょう。


「策を伝える」真田昌幸 真田丸
しかし、本来は「信綱様の遺児が真田家を継ぐべき」という意見も、当然、真田家の家来の中にもあったでしょう。
それをなだめるためにも、信綱の娘おこうさんをないがしろに出来ないという都合もあったように思えます。


「使えるなぁ」真田昌幸 真田丸
「使えるなぁ」

ただし、既に昌幸が真田家を継いで随分と時間が経っているということ。
それに徳川家から人質をとれるということを考えれば、昌幸からすれば、こうさんの存在価値はもはや無いと言っていいでしょう。


「使えるなぁではありませぬ!!」真田信幸 真田丸
「使えるなぁではありませぬ!!」

とお兄ちゃんは言っていますが、これが戦国武将の結婚観であり、政略結婚というものです。
ここはお兄ちゃんに「泣いてくれ」というのが、当時、もっとも妥当な感覚だったでしょうね。

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