真田丸・第20回「前兆」(8)聚楽第落首事件の真犯人は誰?尾藤道休って何者?

「道休は元々ここにおったのですが、根っからの乱暴者で、1年ほど前に追い出されましてなぁ・・・」僧兵 真田丸
道休は元々ここにおったのですが、根っからの乱暴者で、1年ほど前に追い出されましてなぁ・・・」

豊臣秀長の仲介もあり、無事、道休と会えることになった信繁たち。
ところで、この尾藤道休(びとうどうきゅう)って何者なのでしょうか?
お坊さんの話では、元々本願寺に居たとのことですが・・・。



尾藤道休 真田丸
で、この人が尾藤道休さん。
腰を痛めたので、布団で寝ております。


「百姓に戻ったところで、野良仕事は元々苦手だ。槍を担いで隣村の連中と戦うのしか能のない男さ・・・」尾藤道休 真田丸
「百姓に戻ったところで、野良仕事は元々苦手だ。槍を担いで隣村の連中と戦うのしか能のない男さ・・・」

と言っているので、元々は百姓で、途中兵士になったという経歴のようですね。
それが、秀吉の天下が定まって来て、戦が減ったので、見張り番になっていたということのようです。


「俺は字が書けねぇのさ」尾藤道休 真田丸
「俺は字が書けねぇのさ」

しかも、字が書けないので、犯人では無いという道休。


「坊主だったのに、字が書けんのか」石田三成 真田丸
坊主だったのに、字が書けんのか」

これには石田三成もビックリです。
日本人は昔から識字率が高いことで有名ですが、それは江戸時代になってから。
戦国時代は読み書きが出来ない人も多かったようです。
ただし、お坊さんはお経を読む必要がありましたので、読み書きは基礎教養として身に着けているものなのですけどもね。


※画像は大河ドラマ「平清盛」の武蔵坊弁慶
ただ、お寺に居たと言っても僧侶だったとは限りません。
お寺を守る僧兵という兵士だった可能性もありますし、お手伝いさんのような役割だった可能性もあります。
※画像は大河ドラマ「平清盛」の武蔵坊弁慶






道休たち門番は、処刑 真田丸
結局、門番たちは、処刑されてしまいました。
道休もお寺で亡くなったとか・・・。


尾藤道休 真田丸
この尾藤道休さん、以前出てきた権左のように架空の人物かと思いきや実在の人物
ただし、詳しいことはわからず、名前だけが残っているようです。


「茶々に惚れてしもた」豊臣秀吉 真田丸
歴史に詳しい人なら、秀吉の古い家来で、尾藤知宣(びとう とものぶ)という武将がいたのをご存知かも。
この尾藤知宣も、この落首事件に関わっていたらしく、この件で処分されています。
たまたま苗字が一緒だった可能性もありますけど、普通に考えて、一族だったかと思います。


尾藤道休 真田丸
ドラマでは全くの濡れ衣といった扱いでしたが、古くからの家来であったのに、出世出来なかった武将たちが、不満分子になって、なにやらやらかした気配を感じます。
尾藤一族が犯人だったのか、それとも犯人を匿うことだけに関わったのか、それとも全くの冤罪だったのか、今となってわかりませんが・・・


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