真田丸・第21回「戦端」(4)徳川家康が北条氏政を説得したのは事実なのか?

「本多正信がすぐ近くまできておるそうです」板部岡江雪斎 真田丸
「本多正信がすぐ近くまできておるそうです」

久々に登場で狩りをしていた北条氏政に、こちらも久々に登場の家来・板部岡江雪斎(いたべおかこうせつさい)が報告。




「形としては、本多平八郎殿が娘・稲を、一旦、殿の養女に迎えまする」本多正信 真田丸
本多正信は徳川家康の側にいつも侍っているこの方ですね。



「なにゆえ家来風情と会わねばならぬ」北条氏政 真田丸
「なにゆえ家来風情と会わねばならぬ」

話があるなら「家康自身が来い!!」と、ご不満な様子の氏政御大。
ただし、これは無茶苦茶です。


首脳会談
大名同士が会うというのは、今の首脳会談よりも珍しく、困難なことです。
なにか理由を付けて会見して、敵対する者を暗殺するといったことは、当時ありふれたことでしたから。


警備体制
警備どうこう以前に、軍隊が出動する騒ぎになるでしょうね。
それを氏政の勢力圏である韮山にまで徳川家康自身が来て説得するなどといったことは、ちょっと考えられないことです。
そもそも隣国の大名がこっそり入国してるとか、北条家の警備体制はどうなってんだよ!!って話ですし(笑)


「相模守(さがみのかみ)殿・・・」徳川家康 真田丸
相模守(さがみのかみ)殿・・・」

って・・・来てるやん!!(笑)


【相模守】
相模は現在の神奈川県周辺。
相模守はその領主の官職です。
ただし、秀吉に貰ったのではなく、親の代から相模守と称しています。






「今、戦を起こしても勝ち目は無いからでござる」徳川家康 真田丸
「今、戦を起こしても勝ち目は無いからでござる」

実際に会いに来たのはドラマのお話としても、徳川家康が北条氏政を説得したのは事実です。


「今、戦を起こしても勝ち目は無いからでござる」徳川家康 真田丸
「ワシも上杉も真田も、皆そうしてまいった」

形だけでも頭を下げて、身の安全をはかれと説得する徳川家康。
しかし、だからこそ、北条氏政は秀吉の家来になるのを嫌がったと言う歴史家もいます。
徳川家とは、ひとまず同盟関係になっていますが、最近までは敵対していた仲。
上杉家は先代から関東の覇権を競って度々戦争しています。
真田家は沼田城の一件で現在もめている最中。
仲の悪い大名が先に秀吉の家来になっているので、後から頭を下げて、その風下に立ちたくなかったということです。


「手切れとなれば、氏直殿に嫁がせた我が娘も返していただくつもりでござる」徳川家康 真田丸
「手切れとなれば、氏直殿に嫁がせた我が娘も返していただくつもりでござる」

家康が北条家の説得に際して、「従わないならば娘を離別させる」といったのも史実です。


「決めた。ここは兵を退く」北条氏直 真田丸
最近出番が少なかったですが、氏直殿はこの人。
氏政の息子で、北条家の跡取りです。
第九話「駆引」のラストで北条家と徳川家の同盟が成立しましたが、この時に徳川家康は娘の督姫(とくひめ)を嫁がせています。


「そこまで申すか・・・」北条氏政 真田丸
「そこまで申すか・・・」

返していただくといって、素直に氏政が返すかどうかはともかく、こう言われた時点で、北条家との同盟を破棄すると言っているのと同じことです。
同盟の証として、その人質で督姫は嫁いでいるわけですからね。

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