真田丸・第22回「裁定」(2)秀吉「長い!!」と止められた片桐且元の解説をもう少し聞いてみよう

「長い!!」豊臣秀吉 真田丸
「長い!!」

と止められた片桐且元の解説をもう少しちゃんと聞いてみましょう(笑)



沼田家の解説 片桐且元 真田丸
「沼田城を築いたのは、上野(こうずけ)の国衆、沼田顕泰(ぬまたあきやす)にございます」

且元の言うとおり、沼田顕泰は上野の国衆です。
沼田城が完成したのは1532年と言いますから、このドラマの頃からみても、60年近く昔の話です。


「顕泰は上杉に近く・・・」片桐且元 真田丸
「顕泰は上杉に近く・・・」

と言われると・・・


越後の上杉景勝 真田丸
このドラマを見ている人からすると、上杉景勝の上杉家に近かったような誤解を招きますが、そうではありません。
この頃はまだ長尾という苗字でした。


「顕泰は上杉に近く・・・」片桐且元 真田丸
片桐の表でも、山内上杉家という表記が見て取れます。
これは山内上杉という長い苗字があったわけではなく、上杉家という大名が複数存在してややこしいので、判別のために本拠地のあった山内という地名をつけているのです。


2007年大河ドラマ「風林火山」の上杉憲政
この当時の山内上杉家の当主は上杉憲政さん。
この後すぐ、勢力を維持できずに逃げ出して、謙信に保護されることになります。
※画像は大河ドラマ「風林火山」の上杉憲政





上杉謙信を演じたGACKT
上杉憲政を保護した謙信は、上杉の名を引き継ぎます。
ですので、その後を継いだ上杉景勝が、この山内上杉家の後継者と言えなくもないのですけども、一般的には「山内上杉家」という表記をする場合、上杉憲政の上杉家を指します。
※血が繋がっていないからでしょうね。
※また、山内上杉家ともう一つあった上杉家が扇谷(おおぎやつ)上杉家なのですが、それが後に実質滅亡するので分ける意味が無くなったということもあるでしょう。



「しかし、ここが面白いところですが、家中に騒動が起こりまして、なんと家臣が上杉方と北条方の真っ二つに別れ、その時騒動を沈めたのが・・・」片桐且元 真田丸
「しかし、ここが面白いところですが、家中に騒動が起こりまして、なんと家臣が上杉方と北条方の真っ二つに別れ、その時騒動を沈めたのが・・・」

面白いかはともかく(汗)


2007年大河ドラマ「風林火山」の上杉憲政
先ほど紹介した上杉憲政が没落したことで、上杉家の家来であった沼田家の中で、このまま弱くなった主人の山内上杉家についていくのか、それとも勢いのある北条家に付くのかという話で、家来同士が対立したようです。


「源三郎、ここは泣いてくれ」真田昌幸 真田丸
このあたりの強いものに付かないと生きていけない国衆の悲哀は、このドラマを見ている人ならよく分かるはずです。


上杉謙信を演じたGACKT
で、「その時騒動を沈めたのが・・・」上杉謙信です。
家中の分裂で逃げ出した上杉憲政が、謙信に泣きついて、助けてもらうという形で、ひとまず沼田城問題は解決したわけです。
少なくとも上杉謙信が生きている間は・・・。




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