真田丸・第22回「裁定」(7)猪俣邦憲の名胡桃城攻撃は本当に独断だったのか?

「偉いことじゃ、偉いことじゃ」河原綱家 真田丸
「偉いことじゃ、偉いことじゃ」

報せの文をもって大慌てしているのは、前回初めて名前が出た河原綱家。



北条家滅亡前地図 真田丸
北条家の猪俣邦憲(いのまたくにのり)が、突如、名胡桃城に攻めてきて、奪い取ってしまったという報告でした。


「猪俣が名胡桃をのう・・・」北条氏政 真田丸
「猪俣が名胡桃をのう・・・」

この報告を受けた北条氏政も初耳でしたが・・・


「思い切ったことをしたものだ」北条氏政 真田丸
「思い切ったことをしたものだ」

肯定的です。
板部岡江雪斎は「愚かなことでございます」と言っていますが、氏政は気に留めず狩りに行ってしまいます。
今回は、この名胡桃城への攻撃が、ドラマのように猪俣邦憲の独断だったのかを考えてみたいと思います。


猪俣邦憲 信長の野望
まず猪俣邦憲ですが、かなりマイナーな戦国武将で、ご存知の方は少ないかと思います。
なにしろ一番有名な逸話が今回の名胡桃城事件ですし。
ただ、沼田城という北条家にとって最も重要な城を任される武将ですから、北条家の中ではそれなりの地位の人物であったはずです。
※画像は信長の野望の猪俣邦憲



猪俣邦憲 信長の野望
江戸時代に書かれた資料などによると、この名胡桃城攻撃は、猪俣邦憲の独断であり、「知恵分別なき田舎武者」とされています。
つまり、アホな家来が勝手なことをして、後に豊臣秀吉が北条家を攻撃するキッカケを作ってしまったということになっています。
ドラマもこの資料の設定を取ったものと思います。
※画像は信長の野望の猪俣邦憲


北条氏政 真田丸
ただ、その資料が正しいのであれば、早急に勝手な行為を行った猪俣邦憲を処分すべきですが、氏政は猪俣邦憲にそのまま沼田城を任せています。


猪俣邦憲を慰労した北条氏政 真田丸
また、この事件のあと、猪俣邦憲を慰労したという話もあります。
だとすれば、氏政の指示で名胡桃城攻撃を行ったと考えるのが自然でしょう。
そうで無かったとしても、猪俣邦憲の行為を追認したことは間違いないといえます。
また、当時、北条家は真田家以外の秀吉の家来となっている武将を攻撃している事実もあり、ようするにドラマ同様、素直に秀吉の家来になる気は無かったようです。


秀吉の宣戦布告を知る北条親子 真田丸
こうして、秀吉の攻撃を招く結果となってしまいます。
名胡桃城事件は詳細を伝える資料が少なく、わからないことや矛盾した話が多い事件なのですが、細かい経緯はさておき、ようは氏政が秀吉の家来になることを渋ったことから起こったことは大筋として間違いないと言えるでしょう。



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