真田丸・第23回「攻略」(6)ま~だ徳川家康にもご理解いただけない、与力について再度説明いたします

「真田殿でござるが、こたびは上杉殿の東山道軍に加わっていただきます」石田三成 真田丸
「真田殿でござるが、こたびは上杉殿の東山道軍に加わっていただきます」

北条攻めの陣立てを指示する石田三成は、真田殿を上杉家の下に付けると伝達。
これには・・・




「なんと!!」徳川家康 真田丸
「なんと!!」

これには真田昌幸もびっくりです。
真田家は秀吉の命令で徳川家康の与力となり、その組下になっていますから、この合戦でも当然徳川家康の指揮下に入ると思っていたのでしょう。



「お待ちあれ!!真田は徳川の与力でござる」徳川家康 真田丸
「お待ちあれ!!真田は徳川の与力でござる」

徳川家康も慌てて抗議。
しかし、これは家康の認識違いというものです。
以前、「真田昌幸も理解していない「与力(よりき)」ってなんだ?」でも解説したように、与力とは戦争の時にその指揮下に入るという仕組みです。
別に家来になったという関係性ではありません。
真田昌幸はあくまで豊臣秀吉の家来なのであって、徳川家康の家来ではありません。







憮然とする徳川家康 真田丸
ですが徳川家康にはご理解いただけないようで、憮然とした表情ですね(笑)
元々、与力の制度は昔からあったのですけども、それをシステム化して活用したのは・・・


そして織田信長 真田丸
織田信長です。
織田信長の人使いは荒く、その家来になった武将は、与力としてあちこちに飛ばされることになります。
ドラマに出てきた信長の家臣で例えると・・・


「ようやく関東の仕置もひと通り済んだ」滝川一益 真田丸
ある時は滝川一益が秀吉の与力となり・・・


羽柴秀吉 真田丸
その秀吉がまた別の武将の与力になる・・・といった感じです。
ちなみにドラマでは名前だけしか出ていませんが・・・


大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」の柴田勝家
柴田勝家も元々は織田信長の家来でして、秀吉がこの柴田勝家の与力になったこともあります。
後に賤ヶ岳の戦いで直接対決する二人ですが、この信長時代から折り合いが悪かったらしく、秀吉は柴田勝家に逆らって、撤退してしまっています。
大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」の柴田勝家


「それゆえ、こたびはと、前置きしたのでござる」石田三成 真田丸
「それゆえ、こたびはと、前置きしたのでござる」

いずれにせよ、前回の記事と内容がかぶりますが、与力はあくまで与力であって、家来ではありませんので!!
豊臣家の家来の真田昌幸を合戦の都合でどこに行かせるかは、豊臣家の勝手なのです。
この与力を活用しまくる仕組みは織田家で活用され、その織田家の組織を秀吉は受け継いでいますので、豊臣家は与力をあちこちら飛ばしまくることは当然という認識だったでしょう。
ただ、このことは織田家・豊臣家の独特な考え方でしたので、それに馴染まない徳川家康や真田昌幸は、イマイチご理解いただけない!!


「上杉殿には、まず上野(こうずけ)に攻め入ってもらわねばならぬ。上野といえば真田・・・」石田三成 真田丸
「上杉殿には、まず上野(こうずけ)に攻め入ってもらわねばならぬ。上野といえば真田・・・」

当時の大名が出陣する時は、自分達の本拠地に集合して出発するのが常でした。
また、自分の領地に近い敵がいる場合、その領地にもっとも近い武将が他の部隊を先導して戦場に向かうのも普通のことです。




「一方、上杉殿は前田利家殿と東山道で合流。その後、上野(こうずけ)、武蔵(むさし)の北条方の城を残らず落としていただきたい」地図 真田丸
上杉家が北条家の領土である上野を攻める場合、真田家の領地を通過するわけで、その上杉軍を先導するのが真田軍であることは、むしろ当然というべきでしょうね。


「こりゃあ仕方ありませんなぁ!!」真田昌幸 真田丸
「こりゃあ仕方ありませんなぁ!!」

真田昌幸もイマイチ理解していないようで、仇敵・徳川家康の与力から外れて嬉しそうです(笑)


徳川家康がお怒りモード 真田丸
ただ、徳川家康がお怒りモードなのには他にも理由があるでしょう。


真田家の領地 地図 真田丸
この画像は、以前、片桐且元が沼田裁定の時に持ちだしていたものですが、緑が北条家、黄色が徳川家です。
ピンクで囲ったのが、真田家。
この緑の部分の北条家が負けて無くなった場合、真田家はほぼ豊臣家の家来の領地に囲まれることになります。
地図には何も書かれていませんし、このドラマでも一度も出てきていませんが、右上の空白の部分は佐竹という大名がおり、佐竹家も既に秀吉の家来になっています。
※厳密には今回の北条攻めで秀吉の軍に加わることで、佐竹家は正式に秀吉の家来になります。


真田昌幸もニッコリ 真田丸
そうなると、北条攻めが終わって、真田家が徳川家康の与力に戻っても、そもそも攻める相手がいないということになります。
つまり、ドラマの中では、仇敵・徳川家康の与力にされた真田家を悲劇的に描いていましたが、結局のところ、徳川家康の与力としてはほとんど働くことは無いということになるのです。
真田昌幸もニッコリですな。

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