真田丸・第23回「攻略」(15)忍城の水攻めは石田三成にとって赤っ恥の大失敗だった

忍城 真田丸
本隊が包囲した小田原城方面は楽勝モードですが、真田昌幸たちは忍(おし)城をなかなか攻略できません。





「私なら3日で落とせる!!」石田三成 真田丸
「私なら3日で落とせる!!」

この状況に石田三成は苛立っています。


「腹が痛い!!」石田三成 真田丸
「腹が痛い!!」

そして、このタイミングでなぜか腹痛になる石田三成(笑)


トイレに行ってしまう石田三成 真田丸
というわけで、トイレに行ってしまう石田三成。
この戦場で下痢になっちゃうキャラは、おそらく後の関ヶ原の戦いの時に、石田三成が下痢であったという逸話が残っていることから発展させたものかと思われます。


「お待ちあれ!!真田は徳川の与力でござる」徳川家康 真田丸
ただし、これは、徳川家の人間が石田三成を悪く言うために流した嘘という説もありますので、史実と言い切れるかは微妙ですけども。


「忍城はこの辺りでもっとも低い場所にある」石田三成・軍議 真田丸
「忍城はこの辺りでもっとも低い場所にある」

忍城がなかなか落とせないことから、石田三成が戦場に派遣されて直接指揮を取ることになりました。
石田三成は、忍城を水攻めにすることを提案。


石田三成が「堤(つつみ)を作れば・・・」 真田丸
石田三成が(つつみ)を作れば・・・」と言っていましたが、堤は堤防のこと。
目論見通り水は溜まったのですが、敵が堤防を崩してしまったりと抵抗したため、城を落とすまではいかず、むしろ苦戦してしまうことになります。





大谷吉継 真田丸
ドラマで大谷吉継が言ったように、豊臣秀吉が石田三成のために活躍の場を与えたのだとしたら、これは大失敗だったと言えるでしょう。
結果として、忍城は、小田原城が落城した後も落とせなかったからです。
このため、石田三成は戦が下手という不名誉なレッテルを貼られることになります。


内政向きの石田三成 真田丸
石田三成はドラマでも史実でも、内政向きなことが得意で、そういった仕事をメインにやっていますが、武士である以上、戦が下手ということを言われるのは、当時の感覚として非常に恥ずかしいことだったのです。


備中高松城を水攻め
水攻めというのは、戦国時代でも非常に珍しい戦法です。
ちなみに秀吉の水攻めは成功し、敵は降伏します。
また、この備中高松城の水攻めの最中に本能寺の変が起こります。
その起こったタイミングが、まさに落城の時期と同時であったため、秀吉は明智光秀を討ちに京都に戻ることが出来たのですが、ありえないほどの幸運ですよね。
※このため、秀吉が本能寺の変の黒幕なのでは、という説もあるほど


石田三成 真田丸
石田三成とすれば、秀吉が成功させた水攻めをバッチリと決めて、かっこ良くいきたかったのでしょうけど、世の中ままならないものですね。



ところで、2012年に公開された映画「のぼうの城」は、この忍城での戦いを描いたモノです。
興味のある方は、いまならレンタルもありますし、御覧ください。

関連記事

テーマ : 真田丸
ジャンル : テレビ・ラジオ

コメントの投稿

非公開コメント

No title

竹ヶ鼻城や太田城でも水攻めが行われていたかと。
一番最初の水攻めは六角家が肥田城に対して行ったものだという説もあります。
六角家の財力と人員を考えれば高松城ほど大掛かりなものではないでしょうが。

Re: No title

> 竹ヶ鼻城や太田城でも水攻めが行われていたかと。
> 一番最初の水攻めは六角家が肥田城に対して行ったものだという説もあります。
> 六角家の財力と人員を考えれば高松城ほど大掛かりなものではないでしょうが。

そういえば竹ヶ鼻城がありましたね。
六角家の水攻めは初めて知りました。
ご指摘ありがとうございます。
本分の方も訂正いたしました。

スポンサードリンク01
カテゴリ
プロフィール

うんちく仙人

Author:うんちく仙人
このサイトでは、歴史に興味が無い方でも、歴史ドラマをドラマとして楽しめるように手助けする趣旨で書いております。
特にドラマは好きだけど、歴史はあんまりわかんないという女性の一助になれば幸いです。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
スポンサードリンク02
RSSリンクの表示
リンク