真田丸・第25回「別離」(4)千利休の処罰を求める豊臣秀長は、一般的な説ではないというお話

「殿下は利休のことを信じておられます。我らが何を申し上げても、おそらく聞く耳を持たれません」大谷吉継 真田丸
「殿下は利休のことを信じておられます。我らが何を申し上げても、おそらく聞く耳を持たれません」

話は千利休切腹前に戻ります。
千利休への信頼が厚い秀吉は、利休を処罰することを許さないと考えた石田三成たちは、秀吉の弟・豊臣秀長に相談します。



「利休は敵味方構わず、鉄砲や玉薬を売っていたのです」大谷吉継 真田丸
「利休は敵味方構わず、鉄砲や玉薬を売っていたのです」

【玉薬(たまぐすり)】
鉄砲を打つための装填用の火薬の


「どうやらこれが、最後のご奉公になりそうだ」豊臣秀長 真田丸
「どうやらこれが、最後のご奉公になりそうだ」

これを聞いた豊臣秀長は、覚悟を決めます。


「秀吉を支え続けた大和大納言・豊臣秀長は天正19年1月22日。秀吉を残して52歳でこの世を去った」 真田丸
ナレーション
「秀吉を残して52歳でこの世を去った」
ドラマ内のナレーションの通り、この後、秀長は病死してしまいます。
この時点でもかなり体調が悪かったはず。
それで最後のご奉公と言っているのです。


「あの者は茶人であると同時に堺の商人(あきんど)なのです」豊臣秀長 真田丸
「あの者は茶人であると同時に堺の商人(あきんど)なのです」

病身をおして、秀長は兄・秀吉を説得。


「堺衆に利があるとみれば、北条と取引をすることも厭わぬ」豊臣秀長 真田丸
堺衆に利があるとみれば、北条と取引をすることも厭わぬ」

堺衆とは堺の人々という意味ですが、ここで秀長が言っているのは堺の商人のことでしょう。



「兄上は後何年生きられるおつもりですか!!」豊臣秀長 真田丸
「兄上は後何年生きられるおつもりですか!!」

自分や秀吉が死んだ後のことを考えると「誰か一人に力が集まることがあってはなりませぬ」と力説する秀長。


頷く豊臣秀吉 真田丸
こうして秀吉は頷き、千利休の処罰を決意するという流れです。


羽柴秀長 真田丸
秀吉の弟で、秀吉の信頼が厚かった秀長が、最後に秀吉を説得するという、秀長のキャラクターが活きるいいシーンですが、実はこういう描かれ方は珍しかったりします。


大納言の官位をもらった羽柴秀長 真田丸 秀吉が天下を取り、多くの大名が秀吉の家来になりましたが、その大名の一人に「公儀のことは私に、内々のことは宗易(利休)に」と耳打ちしたという話が残っています。
公儀のこととは公式なことといった意味で、法的な手続きや相談ごとは私(秀長)にと言い、内々のこと、例えば秀吉になにをプレゼントしたら喜ばれるかとか、そういったことは千利休に相談しなさい、とアドバイスしているわけです。
秀長と千利休の信頼関係が感じ取られる発言ですよね。


「馬鹿をもうすでない!!」羽柴秀長 真田丸
この時期に豊臣秀長が病死することはもちろん史実です。
秀長が死んで、歯止めが効かなくなった秀吉が千利休を殺したという論調はよく聞きますが、秀長が進んで千利休の処罰を申し出たという描かれ方は非常に珍しいです。


「ワシが一筆書けば、折れてくれるであろう」豊臣秀長 真田丸
むしろ秀長が長生きすれば、秀吉が無茶をすることもなかっただろうし、千利休が死ぬことも無かったに違いない、と言われるのが一般的。
もちろん、死ななかったらというIFは現実には起こらないので、本当のところは分かりません。
また、秀長が生きていれば、千利休をかばったのかも分かりません。
千利休が切腹する時には、既に秀長はいませんから、そもそも命を助けようとしたかも、わかりようがないわけです。
ただ、秀長が積極的に千利休の処罰を求めたという話は特にないようです。


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