真田丸・第25回「別離」(5)千利休「業が深いことや」って、業ってなんなの?

「しかし、人の心を・・・命を・・・金で操るは、業の深いことや」千利休 真田丸
「しかし、人の心を・・・命を・・・金で操るは、(ごう)の深いことや」

蟄居(※謹慎)を命じられた千利休ですが、覚悟を決めたのか、見張り役の信繁にお茶を振舞っています。
ここで千利休が使った【業が深い】という言い回し、最近はあまり聞かないですね。




「それだけワテの業が深いゆえ」千利休 真田丸
「それだけワテの業が深いゆえ」

業が深いという言葉自体は、「罪深く、その報いを受けている」といった意味合いで使います。


仏像 
業とは元々、仏教用語です。
これを理解するには、仏教の基本的な考え方である輪廻転生(りんねてんしょう)を知っておく必要があります。
輪廻転生は、人は死んでも、生まれ変わるということでして、今の自分が死んでも、いつか何かの生き物として生まれ変わる(人とは限らない)。
また、今の自分もまた、以前は違う人生を生きていた(これも人とは限らないですが)という考え方。


輪廻転生
今の自分に生まれ変わる前の人生を前世と言います。
仏教では、前世での善悪の行いは、今の自分の人生にも関わってくると考えられています。
今でも悪いことがあると「前世でなにか悪いことしたのじゃないか?」ということがありますが、これはつまり輪廻転生の考え方なわけです。
こういった前世の影響が今の人生に出ることを「業」といいます。
※あくまで管理人の解釈です。


千利休と茶々 真田丸
というわけで、本来は前世の影響で今の人生に何事か起こっていることを指す「業」ですが、そこから転じて、今の人生でなにかしたことが、後になにか結果を招くことも「業」と言うようになりました。
千利休が言っているのは「人の心を金で操る」という、千利休自身の人生についての「業」ですので、後者の方ということになります。
現代風に言うと「因縁(いんねん)」とか「因果(いんが)」といった言葉になるでしょうか。
※因縁も因果も元々は仏教用語ですが、本文の趣旨と離れるので、ここでは触れません。


「どうぞ、利休の業がたてた茶、味おうてくだされ」千利休 真田丸
「どうぞ、利休のがたてた茶、味おうてくだされ」

武器という人の命を奪うものを売り、それで蓄えた金で人の心を買うという罪深い行為を宗教的な匂いの強い「業」という言葉であらわした千利休、というシーンだと理解いただければいいのではないでしょうか。


「ワシも髻(もとどり)を切る。その覚悟で殿下に申し上げる所存」上杉景勝 真田丸
余談ですが、蟄居している千利休を「3000の兵が囲んでいる」というセリフが出ていましたが、これは上杉景勝の部隊です。
ドラマでは准レギュラーの扱いですので、ここで絡めても面白かった気もするのですけど、シナリオの都合か、全く出てきませんでしたね。
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