真田丸・第26回「瓜売」(1)朝鮮出兵は失業対策だった?

「ようやく日ノ本から戦が無くなったというのに、殿下は鶴松様を亡くされて、おかしくなってしまわれたのではないか」大谷吉継 真田丸
「ようやく日ノ本から戦が無くなったというのに、殿下は鶴松様を亡くされて、おかしくなってしまわれたのではないか」

朝鮮に出兵すると言い出した豊臣秀吉に不満な大谷吉継。







「太平の世になったからこそ、明国を討たぬばならぬのだ」豊臣秀吉 真田丸
しかし、秀吉は「太平の世になったからこそ、明国を討たぬばならぬのだ」と主張します。
その理由は・・・


「人には仕事を与えぬばならぬ。人は仕事が無いとろくなことを考えぬ。明国に攻め入る。これぞまさに武士の大仕事。太平をひっくり返そうなどという者はいなくなる」豊臣秀吉 真田丸
「人には仕事を与えぬばならぬ。人は仕事が無いとろくなことを考えぬ。明国に攻め入る。これぞまさに武士の大仕事。太平をひっくり返そうなどという者はいなくなる」

とのこと。
この秀吉の主張を理解するには、もう少し秀吉の立場や、当時の豊臣政権の実情を理解したほうが分かりやすいと思われます。


そして織田信長 真田丸
豊臣秀吉は、織田信長の政権を引き継いで天下を取りました。
織田信長は本能寺の変で死んでしまいましたが、そのまま生き残っていれば、まず確実に天下を取ることになったでしょう。
その理由の一つが兵農分離です。
兵農分離につては「教科書でも有名な秀吉の刀狩りの狙い」でも書いていますが、専属の兵士を雇っていたということ。


段は畑仕事をしている百姓
元々、戦国大名は、戦争になれば、自分の治めている領地から百姓を集め、百姓を兵に仕立てることで、軍隊を作っていました。
しかし、百姓は農業が本業ですので、田植えや稲刈りの時期は、農地に帰る必要があります。
これでは長期間の戦争は出来ませんよね。
これをクリアするために信長が積極的に利用したのが兵農分離です。





「良き面構えじゃ」織田信長
この兵農分離のおかげもあり、織田信長の勢力は躍進し、次々に他の大名を滅亡させていきます。
結局のところ、信長の専属の兵士に対抗するには、他の大名も専属の兵士を持つ必要がありました。
しかし、そう気づいた時には、既に信長軍を強大になりすぎており、他の大名は逆らう方法が無くなっていきます。


「氏政は死んでもらおうか」豊臣秀吉 真田丸
信長は本能寺で死んでしまいましたが、その政権を秀吉が継いで天下を統一しました。
これで大谷吉継が言うように「ようやく日ノ本から戦が無くなった」わけですが、新たな問題が発生しました。


尾藤道休 真田丸
以前、聚楽第落首事件で尾藤道休という人が出てきましたが、彼のように、戦争が無くなって、職にあぶれる武士が出てきてしまったということです。
ドラマでも尾藤道休は「百姓に戻ったところで、野良仕事は元々苦手だ。槍を担いで隣村の連中と戦うのしか能のない男さ・・・」と言っていましたね。
兵農分離をする前ならば、元々百姓だった兵士は農地に戻ればいいのですけども、専属の兵士になった兵隊たちは、その農地が無いのです。


「こたびの戦、我らの敵は北条だけではない。未だ臣従を誓おうとしない、陸奥(むつ)、出羽(でわ)の大名ども、奴らもこの強大な軍勢を知れば、いずれ必ず、頭(こうべ)を垂れてまいる」豊臣秀吉 軍機 真田丸
戦乱の世を統一するには、強力な軍隊が必要です。
しかし、天下を取った後、この強力な軍隊をどう処理するのかが問題になるのは、なにも秀吉の場合に限りません。
軍隊は本来、非生産的な存在ですから、戦争が無くなれば存在価値が無いだけでなく、邪魔な存在になります。
そのまま放置すれば、給料が必要です。
戦争がもう無いのであれば、これほど無駄な予算はないですよね。
しかも、その軍隊を誰かが利用すれば、反乱の可能性もあるのです。
実際、尾藤道休の例だけでなく、職を失った武士が犯罪者となり、当時かなり治安が悪くなっていたようです。



「人には仕事を与えぬばならぬ。人は仕事が無いとろくなことを考えぬ。明国に攻め入る。これぞまさに武士の大仕事。太平をひっくり返そうなどという者はいなくなる」豊臣秀吉 真田丸
「人には仕事を与えぬばならぬ。人は仕事が無いとろくなことを考えぬ。明国に攻め入る。これぞまさに武士の大仕事。太平をひっくり返そうなどという者はいなくなる」

秀吉が言っているのは、そういう意味なのです。
このように、戦乱が終わって、強力な軍隊をどう処分するのかは、大きく二つに別れます。


弾圧
一つは大弾圧。
かっこ良く言うと軍縮です。
ほとんどの天下を取った人が選択する道でもあります。
歴史が好きな人なら、天下を取るまでの英雄物語と、天下を取った後の仲間割れのストーリーの格差を知っているかと思いますが、その理由のほとんどは、天下を取った後の軍縮が原因です。


「いったい秀吉はいくつ城を持つつもりなのじゃ」徳川家康 真田丸
「いったい秀吉はいくつ城を持つつもりなのじゃ」

そしてもう一つは、新たな事業を始めること。
以前、徳川家康は秀吉が城を建てまくることに不満を抱いていましたが、この築城には、職にあぶれた武士の失業対策も含まれていたといいます。
しかし、それでは不十分ですし、なにより建設はいずれ終わってしまいますからね。


加藤清正・朝鮮出兵 真田丸
こうして、秀吉が最終的に選択したのが朝鮮出兵だったというわけです。
ただし、秀吉が失業対策として朝鮮出兵をしたというのは、それほど一般的な意見ではなく、「秀吉の個人的な野心」であるとか、「秀吉がボケていた」という描かれ方の方が多いです。
個人的には、失業対策の説が一番納得出来ますが。
三谷幸喜氏も、この説をシナリオに取り入れたということでしょう。


「豊臣の大名として、これからはワシのために使こうてくれ」豊臣秀吉 真田丸
豊臣秀吉は日本人に人気な人ですが、これは仲間を弾圧したという暗い過去が少ないからでしょうね。


憮然とする徳川家康 真田丸
一方、天下を取った後、縛りのキツイ身分社会を作り、味方した沢山の大名家を取り潰した徳川家康は人気がありません。
270年も続く江戸幕府を作り、長い平和をもたらしたことを思えば、豊臣秀吉よりもずっと偉大な人とも言えるわけですが、弾圧の影は未だにつきまとっているのです。


頷く豊臣秀吉 真田丸
もっとも、秀吉が人気があるのは日本国内だけでして、朝鮮出兵で一方的に被害者だった、朝鮮の人たちからは、未だに不人気ですので、一概に評価は出来ないわけですが・・・





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