真田丸・第26回「瓜売」(3)先陣?後詰?戦国時代の軍隊用語

「先陣の小西行長勢1万8700。加藤清正の第二陣が2万2800。これをまず対馬(つしま)に送る」石田三成 真田丸
「先陣の小西行長勢1万8700。加藤清正の第二陣が2万2800。これをまず対馬(つしま)に送る」

石田三成と大谷吉継が朝鮮へ渡るための船を手配中。






※大河ドラマ「軍師官兵衛」の小西行長
セリフだけの登場ですが、小西行長は肥後の大名。
肥後は加藤清正の領地でもあります。
小西行長と加藤清正でほぼ半々にわけあっていたのです。
親は商人ですが・・・
※大河ドラマ「軍師官兵衛」の小西行長



「ワシはいつ頃、向こうに渡れるのだ。一刻も早く戦に出たいのだが」宇喜多秀家 真田丸
「ワシはいつ頃、向こうに渡れるのだ。一刻も早く戦に出たいのだが」

と騒いでいる宇喜多秀家の宇喜多家で抜擢されて家来になり、その後、秀吉の直属の家来になっています。
その小西行長の任された【先陣】というのは、軍隊の一番先頭のこと。
今でも真っ先にやることを「先陣を切る」といいますよね。


やる気満々の宇喜多秀家 真田丸
このやる気満々の宇喜多秀家に石田三成は「備前宰相(びぜんさいしょう)様は第八陣でございます」と説明。
備前は今の岡山県の一部です。
宇喜多秀家は備前に領地を持っていました。
宰相と言っているのは、官職のこと。
もっとも、宰相という官職は本当はありません。
興味がある方は、以前「近江宰相・豊臣秀次である!!との自己紹介。しかし近江宰相などという官職はありません!!というお話」で触れていますので、御覧ください。
豊臣秀次の近江宰相と同じく、当時、宇喜多秀家は参議だったようですね。
それで、宰相なわけです。



「真田は後詰(ごづめ)となっておる」石田三成 真田丸
「真田は後詰(ごづめ)となっておる」

【後詰】
救援のため後方に控える予備部隊のこと。

真田昌幸は、出来るだけ送らせて欲しかったわけですから、うってつけの位置でしたね。
もっとも、戦争では領地が近いところの大名が先頭になって攻めこむのが慣例ですのです。
九州から渡って、対馬を経由、朝鮮に渡るという道順ですから、九州や中国地方の大名がメインになるのは当然のこと。
信濃という遠方の大名である真田家が後詰になったのは、ある程度当たり前ではありますが。


名護屋城・地図 真田丸
ちなみに「まず対馬に送る」と言っている対馬は、九州から海で出て、すぐ北にあるこの島のことです。


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