FC2ブログ

真田丸・第26回「瓜売」(6)気づいたら亡くなっていた「なか」と、真田一徳斎

御祖母様危篤の急報 真田丸
名護屋城で朝鮮出兵の為に待機する信繁たちに、御祖母様おとり危篤の急報が入ります。




「行ってくるが良い」豊臣秀吉 真田丸
「行ってくるが良い」

本来、戦争のために待機中ですから、それを抜けて帰るのは滅多に許されることではありませんが、秀吉は「ワシも去年、お袋様が危篤の際、急いで大阪に帰ったが、死に目には会えなかった。気持ちは分かる」と快諾してくれました。


「藤吉郎がそれで助かるなら、私、喜んで行くぜぇもん」なか 真田丸
秀吉のお母さん「なか」はこの人。
出番は少なかったですが、なかなか秀吉の家来にならない徳川家康を上洛させるために、家康の人質になったお話が描かれていましたね。


秀吉の母なか 真田丸
なかさんが死んだのは1592年の7月。
秀吉が「ワシも去年、お袋様が危篤の際」と言っていることから、既に1593年であることが分かります。
朝鮮出兵が始まったのも1592年。
開戦から知らぬ間に1年経っていたのでした。
ですので・・・


武田信玄さえ一目置いたという、名将・真田一徳斉。その妻・おとりは、文禄2年8月1日。子供と孫達に看取られ、その生涯を閉じた。 真田丸
ナレーション
「武田信玄さえ一目置いたという、名将・真田一徳斎(いっとくさい)。その妻・おとりは、文禄2年8月1日。子供と孫達に看取られ、その生涯を閉じた」

ナレーションの文禄2年も、1592年です。
真田一徳斎はおとりさんの旦那さんで、昌幸の父。
信繁から見ると、お爺さんです。


※画像は大河ドラマ「武田信玄」の真田幸隆
一徳斎というのは「号(ごう)」です。
号というのは、お坊さんになった時に付けられるものでして、名前は幸隆(ゆきたか)でした。
武田信玄に仕えて、真田家の基礎を作った偉い人です。
個人的には大河ドラマ「武田信玄」で、橋爪功さんが演じた真田幸隆が非常に良かった。
※画像は大河ドラマ「武田信玄」の真田幸隆


第26回終了 真田丸
ということで、ネタも尽きたので今回はここまで。
朝鮮出兵を細かく解説しようかと思ったのですけども、本一冊分ぐらいのお話になると気づいて止めました(笑)



関連記事

テーマ : 真田丸
ジャンル : テレビ・ラジオ

コメントの投稿

非公開コメント

スポンサードリンク01
カテゴリ
プロフィール

うんちく仙人

Author:うんちく仙人
このサイトでは、歴史に興味が無い方でも、歴史ドラマをドラマとして楽しめるように手助けする趣旨で書いております。
特にドラマは好きだけど、歴史はあんまりわかんないという女性の一助になれば幸いです。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
スポンサードリンク02
RSSリンクの表示
リンク