真田丸・第27回「不信」(2)信尹「ムカつくから辞めてきたった」

「1万石に加増すると言われたが、丁重におことわりした」真田信尹 真田丸
「1万石に加増すると言われたが、丁重におことわりした」

久々に真田親子の元に現れたのは真田信尹(のぶただ)。
昌幸の実の弟さんです。
徳川家康の家来になっていたのですけども、その元を離れてきたと言っていますね。
そして「諸国を周り見聞(けんぶん)を広めようと思う」とも言っています。


【見聞を広める】
見たり聞いたりして豊富な知識を得ること。見聞きして学ぶこと。




「父親は高坂弾正(こうさかだんじょう)。武田家を支えた忠臣の一人だ。武田家が滅んだ後、上杉に拾われた」真田信尹 真田丸
なんだが「俺、会社辞めてきた」ぐらいのノリで言っていますが、武士がある主人の家来で無くなるというのは、サラリーマンの退職とは違います。
後の江戸時代では、「二君(二人の主人)に仕えず」と言われていました。
ただし、戦国時代では、家来が主人を捨てるということはそれほど珍しいことではなく・・・


「関八州をやる代わりに江戸に移って貰うから。駿河や三河はもういらんだろ?」豊臣秀吉と徳川家康 真田丸
例えば、秀吉も織田信長に使える前に、今川義元という大名に仕えていましたし・・・


真田昌幸 真田丸
この人自体が、ドラマの期間中だけでも、武田勝頼・織田信長・北条氏政・徳川家康・上杉景勝・豊臣秀吉と6人も主人を代えています。


真田信尹 真田丸
ただ、信尹の場合は少々事情が違うように思えます。
秀吉が今川義元の下に居た時は、物凄く身分の低い状況でしたので、今川義元自身が秀吉の名前を知ることすら無かったでしょう。
家来になったというより、下働きをしたけど芽が出ず、織田家に転職したという感じで、主人を捨てたとは言いがたいです。
また、真田昌幸の場合、真田家が生き残るためになんとか、より強い方についたのであって、主人を代えたというより、真田家を守ったという要素が強いわけです。


真田信尹 真田昌幸 真田信繁 真田丸
しかし、信尹は徳川家康が「1万石に加増する」というのを断ったと言っています。
1万石は米の取れ高のこと。
加増というのは、増やすということ。
加増の話があるまでの信尹は、5000石の収入だったそうなので、給料を倍増するとまでいって徳川家康は引き止めたのです。
倍増の収入を蹴って、徳川家康を捨てたとなると、これはよほどのことがあったのだと思われます。


小田原城包囲シーン 真田丸
一説には北条家との戦争で活躍したのに、加増が少なかったことに怒ったとか。
だとすれば「1万石に加増すると言われたが、丁重におことわりした」というセリフではなく・・・


「1万石に加増すると言われたが、丁重におことわりした」真田信尹 真田丸
「大活躍したのに、たった1万石の加増とか馬鹿にしてやがるから、辞めてきたった」

というセリフの方が正しかったのかも知れません(笑)



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