真田丸・第27回「不信」(9)極悪非道は秀吉ではなく、死んだ秀保だった?

長らく病床にあった弟・大和中納言秀保が17という若さで他界 真田丸
ナレーション
「更に秀次に追い打ちをかける出来事が起こった。長らく病床にあった弟・大和中納言秀保が17という若さで他界する」

秀吉の隠居城である伏見城が、実は政治をするための施設であることを知り、気持ちが揺れ動く秀次でしたが、そんな中、弟の秀保(ひでやす)までが死亡。




「葬儀は隠密に済ませろ」豊臣秀吉 真田丸
「葬儀は隠密に済ませろ」

しかも、秀吉はこれに激怒。
理由は、以前死んだ鶴松が死んだのが3歳のときであり、新たに生まれた拾い(秀頼)が今ちょうど3歳になったタイミングだからというよくわからない理由です(汗)
理由はともかく、怒った秀吉は、葬式すらまともにあげさせないと命令するのでした。


「我らが邪魔なのだ」豊臣秀次 真田丸
「我らが邪魔なのだ」

弟がまともな葬式すらあげてもらえないという仕打ちに、秀次は激怒。
と、秀吉が完全に悪者扱いの展開です。
しかし、この秀保の死は謎が多いのです。


豊臣秀保と豊臣秀勝 真田丸
ドラマでは大人しそうな感じの秀保ですが、実は極悪非道の人間だったという言い伝えがあります。
秀保の悪行一覧・・・


・殺生禁止の寺の池で投網漁をした(汗)
・妊婦の腹を割いて胎児を出させいた(!!!!!!!!)
・家来に意味もなく、崖から飛び降りろと言った(汗)


などといったもの。
最悪ですがな・・・。
ちなみに史実といえるかは微妙ですので、あまり鵜呑みにはしないでください。
ただ、そういうことを言われるような人であったということは想像できますよね。
ちなみに、死んだのも病死ではなく、家来に「崖から飛び降りろ」と言った時に、怒った家来が秀保に飛びつき、共に飛び降りて死んだという話もあります。


「そなたの軍略をもって、伏見を難攻不落(なんこうふらく)の城に作り変えてくれぬか」豊臣秀吉 真田丸
またドラマではまともな葬儀をあげなかったとされていますが、むしろ豊臣一族の権威を上げるために壮大な葬儀を上げたという話もあり、どちらが史実なのか判然としませんね。


亡き父武田信玄の霊が勝頼の前に 真田丸
戦国時代では、葬儀を密かにするという話が時々出てきます。
それは偉大過ぎる実力者が無くなった場合、敵の逆襲を受ける可能性があるからです。
例えば、武田信玄は自分の死を3年間伏せるように遺言しています。
ただ、秀保の場合、ほとんど影響力のあるような人ではないですし、死を伏せる理由が特に思いつきません。
いくら考えても、鶴松が死んだ歳に秀頼がなってるとか、言いがかりとしか思えませんし(汗)


家出する豊臣秀次 真田丸
まあ、それにしても、
この仕打に怒った秀次の反応が家出(笑)


27回終了 真田丸
うん?
家出ですよね?
まあ、それは次回のお楽しみにということで・・・


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