真田丸・第28回「受難」(8)運命の初対面、徳川秀忠と本多正純

「高野山に幽閉(ゆうへい)されたそうだのう・・・」徳川家康 真田丸
「高野山に幽閉(ゆうへい)されたそうだのう・・・」

豊臣秀次が幽閉された話を京都の屋敷で聞いた徳川家康は嬉しそうです。

【幽閉】
ある場所に閉じこめて外に出さないこと




「面白くなってまいりました」本多正純 真田丸
「面白くなってまいりました」

これに頷くのは、本多正純(ほんだまさずみ)。


「弥八郎は誰に似たのか、食えぬ面構えをしておるのう」徳川家康 真田丸
弥八郎は誰に似たのか、食えぬ面構えをしておるのう」

弥八郎は本多正純の名前です。
戦国武将の名前については「ここがこだわり、真田丸での名前の取り扱い」でもふれておりますが、当時の武将は苗字・名前・諱があります。
本多正純の場合は

本多  苗字
弥八郎 名前(通称)
正純  諱

となります。
徳川家康からすれば、家来のその息子ということで、気楽に弥八郎と通称で呼び捨てたというシーンであります。


徳川秀忠 真田丸
そこにやってきたのは徳川秀忠(ひでただ)。
徳川家康の息子です。
彼については別頁で触れるとして・・・


「本多佐渡(さど)は存じておろう・・・」徳川家康 徳川秀忠 真田丸
本多佐渡(さど)は存じておろう・・・」

父・家康は本多佐渡を紹介します。





「ご無沙汰しております」本多正信 真田丸
「ご無沙汰しております」

本多佐渡はこの人。
本多正信のことです。
正信は佐渡守という官位ですので、縮めて「佐渡」と呼んでいるのです。


「佐渡守が嫡男、弥八郎正純にございます」本多正純 真田丸
「佐渡守が嫡男、弥八郎正純にございます」

本多正純が秀忠に挨拶するのに、こう言っているように、本多正純は本多正信の息子です。
さきほど家康が「弥八郎は誰に似たのか、食えぬ面構えをしておるのう」と言ったのは、つまりは父・正信に言ったということです。
ちなみに、正信も幼いころは「弥八郎」と呼ばれていました。
幼いころの名を幼名といいますが、それを子に引き継ぐということは、当時よくあることでした。


本多正純は父・正信に似て優秀な人物 真田丸
本多正純は父・正信に似て優秀な人物だったらしく、この後、正信に代わって徳川家康を補佐していくことになります。


本多正純がもっとも活躍するのは江戸幕府が出来てから 真田丸
本多正純がもっとも活躍するのは江戸幕府が出来てからですので、このドラマでそのあたりが語られることは無いでしょう。
ただ、その息子・秀忠には嫌われ失脚することになるので、この初対面のシーンは、その後の歴史を考えると劇的な意味があると言っていいかもしれません。

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