真田丸・第28回「受難」(10)豊臣秀次が切腹した切なすぎる真実とは

大阪城に家出する秀次 真田丸
関白の仕事が嫌になった豊臣秀次は、大阪城に家出(笑)
この後、最終的には切腹することになるわけですが、その理由は実はよく分かっていません。
しかし、今回のドラマの描き方は、定説とは違う流れになっていますので、そのあたりを理解して見ると、より面白いかと思います。
というので、よく言われている秀次切腹の理由を解説しようかと思っているのですが、まずはドラマでの流れをおさらいします。





sanadamaru2361.jpg
「公(おおやけ)の行事は全て日延べとした。表向きは流行病ということにしてある」

関白・豊臣秀次の家出のことを大谷吉継に相談する信繁。
この時点では、とりあえず流行病ということで誤魔化していました。

【日延べ】
延期のこと


「関白の出奔(しゅっぽん)など聞いたことが無い。これが世に知れたら、豊臣の威光は地に落ちる」石田三成 真田丸
「関白の出奔(しゅっぽん)など聞いたことが無い。これが世に知れたら、豊臣の威光は地に落ちる」

しかしその後、石田三成の耳にも入ることに。
豊臣秀吉の側近・石田三成に知られたことで、隠しきれなくなった信繁は、直接秀吉に報告することになります。

【出奔】
逃げだして行方をくらますこと

【威光】
人をおそれさせ、従わせる力や勢い


「すぐに連れて来い!!説教してやる!!」豊臣秀吉 真田丸
「すぐに連れて来い!!説教してやる!!」

豊臣秀次の出奔を聞いた秀吉は激怒。
しかし、周囲になだめられたこともあり、許してやることにします。


「高野山にはワシの命令で蟄居させたことにしろ」豊臣秀吉 真田丸
「高野山にはワシの命令で蟄居させたことにしろ」

ところが、秀次は勝手に高野山に行ってしまっていました。
ここでも秀吉は妥協して、なんとか許せる道を探します。
結果「秀次は謀反の疑いで高野山に蟄居させたが、1ヶ月後に疑いが晴れて許されることにする」という策を思いつきます。
まさか関白が、仕事が嫌になって投げ出したなどということが知られたら、その後、秀次を復帰させることが難しくなりますからね。

【蟄居(ちっきょ)】
自宅の一室に謹慎
今回は自宅ではないですけども





福島正則 真田丸
この秀吉の救出案を伝えに来たのは福島正則。
秀次が市松(いちまつ)」が参ったか」と言っていましたが、市松は福島正則の幼名(子供の時の名前)です。


豊臣秀次の切腹 真田丸
しかし、使者・福島正則と会うこと無く、秀次は勝手に切腹してしまいました。


豊臣秀次 真田丸
まとめると・・・
関白の激務、秀頼が生まれたことで自分が秀吉から邪魔者と思われているのではという猜疑心、秀吉に認められて無いという悩みから関白を放棄した豊臣秀次が家出。
それを秀吉もかばおうとしたが、その思いが伝わらないままに、秀次は勝手に切腹してしまった。
という流れでしたね。


【以下、一般的に有名な説】


「謀反の疑いありと・・・」豊臣秀吉 真田丸
「謀反(むほん)の疑いありと・・・」

一般的な説としては、秀次の謀反(反乱)の噂から事件は始まります。
これに驚いた秀吉は、秀次を詰問する使者を送りますが、秀次は謀反の噂を否定。
ならばそれを誓う誓紙を書けということになり、秀次は誓紙を提出しています。
ここまでの「謀反の疑い」→「誓紙を提出」までの流れは史実でのようです。

【誓紙(せいし)】
誓いの言葉を記した紙


高野山 真田丸
この後、高野山で蟄居したのも史実です。
ドラマでは秀次が勝手に高野山に行ってしまったことになっていましたが、定説では秀吉が命じたことになっています。
しかし結局、秀次の謀反の疑いは晴れず、秀次は追いつめられていきます。


福島正則 真田丸
その後、この高野山に福島正則が尋ねたのも史実。
ただし、秀吉が「本当は秀次を助けるつもり」ということを言うためではなく、切腹を命じるためだと言われています。


豊臣秀次の切腹 真田丸
こうして秀次は切腹。
ドラマでは一人でひっそりと切腹していましたが、実際には複数の家来が周囲におり、一緒に切腹しています。
殉死というやつですね。

【殉死(じゅんし)】
主君などの死を追って臣下などが死ぬこと



磔処刑される豊臣秀次の眷族 真田丸
その後、秀吉は秀次の妻・子供など一族を皆殺しにしてしまうのはドラマと一緒。
もし、秀吉が本当は秀次を許すつもりだったのだとしたら、ここまでする必要はあったのか疑問は残ります。
秀次の一族は、秀吉にとっても数少ない血縁者たちだったわけですから。


「一月ほど謹慎させてから、疑いが晴れたことにして連れ戻す」豊臣秀吉 真田丸
「一月ほど謹慎させてから、疑いが晴れたことにして連れ戻す」

以上を見ていただければ、今回のシナリオが定説を上手く取り入れながら、その裏側を描く形で、三谷幸喜氏独自の視点で描かれていることが分ると思います。
ここまでの真田丸の中でも秀逸なシナリオだったと私は思いましたがいかがだったでしょうか。


豊臣秀次 真田丸
さて、最後に最近発見された資料から、新しい説が出ているのでそれを書いておきます。
2013年に発見された資料から「秀吉は秀次を高野山へ追放しただけだったが、意図に反し秀次が自ら腹を切った」と言われる歴史家がおられます。
今回のシナリオは、あきらかにこの説を意識して作られたものでしょう。
しかも切腹したのは、「謀反の疑いをかけられたことの潔白を晴らすため」だとか。
だとしたら、ドラマ以上に切ない話だということになりますよね。
いずれにせよ、秀次切腹事件は謎の多い事件です。
それというのも、秀吉の跡継ぎとみられていた秀次が切腹するという大事件が豊臣政権に悪影響を及ぼさないように、後付で様々な話が公表されたからです。
事実がどうあれ

・秀次は謀反をした
・だから切腹させられた
・だから一族皆殺しになった


としないと、世間を納得させることが出来なかったということ。
死人に口なしというやつですね。
この話だけでなく、歴史というのは、生き残ったものが都合よく言い換えていることが多数あります。
しかも、何百年も経つと真実がなんであったかはわからなくなります。
※というか今日あった事件ですら、ニュースが真実を語っているとは限りませんよね。
歴史を見るものは、そのことを心の片隅においておくことが必要なんだと、改めて考えさせられた回でありました。





関連記事

テーマ : 真田丸
ジャンル : テレビ・ラジオ

コメントの投稿

非公開コメント

スポンサードリンク01
カテゴリ
プロフィール

うんちく仙人

Author:うんちく仙人
このサイトでは、歴史に興味が無い方でも、歴史ドラマをドラマとして楽しめるように手助けする趣旨で書いております。
特にドラマは好きだけど、歴史はあんまりわかんないという女性の一助になれば幸いです。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
スポンサードリンク02
RSSリンクの表示
リンク