真田丸・第29回「異変」(6)生煎餅(なませんべい)の誕生には徳川家康が関わっていた

「生煎餅なんて知らんでしょう・・・」寧 真田丸
生煎餅なんて知らんでしょう・・・」

きりちゃんと一緒に生煎餅作りに精を出す寧さん。




「ウチの人が大好きでねぇ、近頃しょぼくれとるで、これでも食べて、元気だしてもおう思てにゃあ」寧 真田丸
「ウチの人が大好きでねぇ、近頃しょぼくれとるで、これでも食べて、元気だしてもおう思てにゃあ」

とのこと。
優しいなぁ


「茶々さまも言い難いが、淀殿も舌を噛みそうだな」徳川家康 真田丸
実はこの生煎餅の誕生には、徳川家康が関わっています。
徳川家康は、若いころ今川義元という大名の家来でして、織田信長と敵対していました。


そして織田信長 真田丸
ところが、織田信長が今川義元を討ち取ってしまいます。
有名な桶狭間の合戦ですね。


徳川家康 真田丸
徳川家康からすると、味方が敗戦したわけです。
この時、徳川家康の母が戦争の難を避けるために逃亡するのですが、その逃亡中に百姓が煎餅にするために干してあったモノを生のまま差し出したのがことの始まりだったとか・・・



「昔、よう食べとりゃーでしたでしょう」寧 真田丸
「昔、よう食べとりゃーでしたでしょう」

そのためか、今でも桶狭間の合戦があった愛知県では、生煎餅は銘菓として有名です。


「なんべんも作りなおして、ようやくこの味にたどり着きました」寧 真田丸 生煎餅
「なんべんも作りなおして、ようやくこの味にたどり着きました」

先述の話が事実ならば、生煎餅は秀吉が若いころはまだ一般的なお菓子では無かったはずです。
まあ、煎餅を焼かずに食べるだけのことなので、手に入れることは簡単だったでしょうけども。
秀吉が若い時に食べた生煎餅は、きっと百姓の家で作られた素朴な味だったはず。
その味を再現するのに苦労したようですね。


「不味い!!なんだコレ!!」豊臣秀吉 真田丸
「不味い!!なんだコレ!!」

おい(汗)
老衰のせいか、味覚までおかしくなってきているようです。
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ジャンル : テレビ・ラジオ

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