真田丸・第31回「終焉」(2)秀吉が徳川家康を警戒した理由とは

「家康を殺せ!!」豊臣秀吉 真田丸
「家康を殺せ!!」

万福丸の幻想を見て、徳川家康を殺せと言い出す秀吉。
秀吉はなぜ、徳川家康を殺すように言ったのでしょうか?





「弥八郎は誰に似たのか、食えぬ面構えをしておるのう」徳川家康 真田丸
徳川家康は秀吉が死んだ時点で55歳。
当時としては決して若い方ではありません。
言い換えれば実力のある戦国大名は、皆、死ぬか隠居してしまっています。
極論すると最後の戦国大名とも言うべき人です。


「源次郎・・・すまぬ」上杉景勝 真田丸
当時の有力な大名のうちのほとんどは、既に二代目の時代でした。
上杉景勝は、偉大な先代・上杉謙信の養子です。
注:その家の二代目という意味ではなく、その家を大きくした創始者の二代目という意味


※画像は大河ドラマ「軍師官兵衛」の毛利輝元
真田丸ではまだ出てきていませんが、徳川家以外で豊臣家を倒す力がありそうなのは、領地の大きさから言って毛利家。
しかし、当主の毛利輝元は、初代の孫。
※画像は大河ドラマ「軍師官兵衛」の毛利輝元


「これぞ名物ずんだ餅、さっさっご一同召し上がられよ」伊達政宗 真田丸
天下を狙いそうな野心を持つ大名としては、伊達政宗あたりがいますが、領地の広さからいって、豊臣家をひっくり返すほどの実力は無さそうです。



「茶々さまも言い難いが、淀殿も舌を噛みそうだな」徳川家康 真田丸
その点、徳川家康は、領地の広さ、戦争の経験などから言って、豊臣秀吉に次ぐ存在でした。
なにより、小牧・長久手の戦いでは、豊臣秀吉と直接対決して負けなかったという実績があります。
また、領地が朝鮮から遠い東の方にあるという都合もあり、朝鮮出兵にも参加しておらず、このため国力は豊かでした。


「確かに、拾い様が元服なされば、太閤殿下も少しはお気が楽になられるでしょう」真田信繁 真田丸
真田家でも、組織の中の人間として生きていこうとする信繁・信幸兄弟と比較して、父・昌幸はあくまでも一人の戦国大名として物事を考える様がドラマで描かれています。
組織の中で生きる次世代たちは、豊臣家の中で良い地位を占めたいという思いはあっても、豊臣家という政権自体を倒そうという発想はありません。
しかし、初代の昌幸は、天下が統一されていない時代の方が普通で、天下統一された今の方が異常なのです。
ですので世の中が乱れ、真田家の領地が増えることを望みます。


裏切り者にも寛大な徳川家康 真田丸
家康もまた、昌幸のように初代としての発想で生きている人。
豊臣家が永遠であるとは考えて居なかったでしょうし、その豊臣家の中で重要な位置にいることが幸せとも考えなかったでしょう。
広い領地と経験だけでなく、この発想こそが秀吉が徳川家康を警戒した理由でしょう。
領地の広さだけで言えば、毛利家も危険な存在だったのですから。



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