真田丸・第33回「動乱」(2)久々に登場の板部岡江雪斎は、徳川家の密偵だったのか??

「もしや!!」真田信繁 真田丸
「もしや!!」

信繁が偶然すれ違ったのは、久々に登場の・・・




板部岡江雪斎 真田丸
板部岡江雪斎(いたべおかこうせつさい)。
ここまでドラマを見てこられた方なら、おなじみの人物ですよね。

【板部岡江雪斎の過去記事】

真田丸・第24回「滅亡」(4)その後の北条家の人たち
真田丸・第七回「奪回」(2)板部岡江雪斎(いたべおか こうせつさい)と外交僧について


猪俣邦憲を慰労した北条氏政 真田丸
北条氏政の家来で、ドラマでは氏政の知恵袋的な働きをしておりました。


主君・北条氏政を助けられずうなだれる板部岡江雪斎 真田丸
北条家が豊臣秀吉に負けてからは、北条氏政の命を助けようと駆けまわっておりましたが、結局、主人・北条氏政は切腹させられることとなりました。



「今は金吾中納言(きんごちゅうなごん)様のもとにおります」板部岡江雪斎 真田丸
「今は金吾中納言(きんごちゅうなごん)様のもとにおります」

あちこち放浪していたが、新たに金吾中納言に仕えていると言う板部岡江雪斎。


「太閤殿下よりお達しがあり、私は小早川家に養子に出されることになりました」小早川秀秋 真田丸
金吾中納言様はこの人。
小早川秀秋(こばやかわひであき)のことです。
秀秋は「左衛門督(さえもんのかみ)」という官職を貰っており、それを中国風に言うと「金吾」となるのです。
ドラマでも度々「金吾様」と呼ばれております。


「近江宰相(おうみさいしょう)、豊臣秀次である」豊臣秀次 真田丸
「近江宰相(おうみさいしょう)、豊臣秀次である」

以前、豊臣秀次も自分のことを中国風に「宰相」と名乗っていましたが、当時、中国風に官職を呼ぶのが格好良かったのですね。

【関連記事】
真田丸・第18回「上洛」(9) 近江宰相・豊臣秀次である!!との自己紹介。しかし近江宰相などという官職はありません!!というお話 


「石田治部は、今宵ここに、夜討ちをかけるつもりでござる」板部岡江雪斎 真田丸
「石田治部は、今宵ここに、夜討ちをかけるつもりでござる」

石田三成の徳川家康襲撃の計画を密告する板部岡江雪斎。
こういったことが事実であったかは分かりませんが、この後、板部岡江雪斎は徳川家康の家来として迎え入れられ、その子孫が旗本(徳川家の親衛隊)として生き残ることを思うと、なにか徳川家にとって有利な働きをしていたことは想像の翼が広がるところではあります。
関連記事

テーマ : 真田丸
ジャンル : テレビ・ラジオ

コメントの投稿

非公開コメント

スポンサードリンク01
カテゴリ
プロフィール

うんちく仙人

Author:うんちく仙人
このサイトでは、歴史に興味が無い方でも、歴史ドラマをドラマとして楽しめるように手助けする趣旨で書いております。
特にドラマは好きだけど、歴史はあんまりわかんないという女性の一助になれば幸いです。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
スポンサードリンク02
RSSリンクの表示
リンク