真田丸・第33回「動乱」(4)徳川家康襲撃事件は架空のお話だった??

「石田治部は密かにことをなしたかったようですが、これを大事にしてしまう」本多正信 徳川家康 真田丸
「石田治部は密かにことをなしたかったようですが、これを大事にしてしまう」

板部岡江雪斎から密告を受け、石田三成の徳川家康襲撃を知った本多正信は、むしろこれを大事にしてしまおうと提案。







「豊臣恩顧(おんこ)の大名たちがどれほど使えるか、見極めるよい折かと・・・」本多正信 徳川家康 真田丸
「豊臣恩顧(おんこ)の大名たちがどれほど使えるか、見極めるよい折かと・・・」

恩顧は「情けをかけること。よくめんどうをみること」です。
この場合、豊臣家に「面倒をみてもらった大名」という意味ですね。
豊臣秀吉は天下を取っているので、一応、全ての大名を家来にしています。
ですので、全員が「面倒をみてもらった」と言えるわけですが、中でも豊臣家に縁の深い大名を指していると考えていいでしょう。


加藤清正と福島正則 真田丸
具体的には福島正則や加藤清正。
この二人は秀吉の親戚筋であり、秀吉の馬廻衆出身ですので、バリバリの豊臣家恩顧の大名と言えるでしょう。


石田三成・宇喜多秀家・小早川秀秋・真田信繁 真田丸
もちろん、石田三成を始め、宇喜多秀家や小早川秀秋も豊臣家恩顧の大名ですが、この場合、明らかに敵側ですので、徳川家康に付くとは考えて居なかったでしょうけども。


「こうなったら夜を待たず、我々も兵を整え、徳川屋敷に繰り出そうではないか」宇喜多秀家 真田丸
「こうなったら夜を待たず、我々も兵を整え、徳川屋敷に繰り出そうではないか」

結局、徳川家康が守りを固めたため、宇喜多秀家は早々に攻撃を仕掛けようと主張します。


石田三成を止める上杉景勝 真田丸
そして紆余曲折はありましたが、最後は上杉景勝が石田三成を止めることで、とりあえず徳川家康襲撃は取りやめになったという展開です。
ただし、この徳川家康襲撃事件、史実であったかは相当怪しいお話です。



「御掟(おんおきて)のこと、忘れておったわ・・・」徳川家康 真田丸
「御掟(おんおきて)のこと、忘れておったわ・・・」

前回、秀吉の遺言を無視して、石田三成らに問いつめられた徳川家康は、「忘れておった」の一言で話を終わらせ、むしろ、石田三成をやり込めた展開になっていました。
このあたりの言葉のやり取りでの展開が実際はどうであったのか知ることは出来ませんが、徳川家康はなんのケジメも付けられなかったわけではないことだけは事実です。


「藤吉郎はワシに秀頼様を託した。ワシの目の黒い内は、勝手な真似はさせぬ」前田利家 真田丸
「ワシの目の黒い内は、勝手な真似はさせぬ」

石田三成は病床に伏せる前田利家と力を合わせ、徳川家康から誓紙を取り付けています。
誓紙とは誓いの言葉を書いた紙です。
つまり徳川家康は、「御掟(おんおきて)のこと、忘れておったわ・・・」では済まされず、二度と同じことをしない旨の誓約書を書かされたということなのです。
結局のところ、誓約書を書かせたところで、徳川家康を裁くことの出来る人間がいない以上、意味があるとはいえませんが、少なくともこの時点では、徳川家康が一歩引いて、事実上詫びを入れたということは、豊臣家を守ろうとする石田三成が一点を上げたと言えるでしょう。
しかし、このことで徳川家康と石田三成の関係が緊迫感のあるモノになったことは容易に想像出来るところではあります。


出陣する石田三成 真田丸
こうした緊張感の中、当時も様々な噂が乱れ飛んだことも事実でしょう。
石田三成が徳川家康を暗殺しようとしている、といった噂も当然あったでしょうね。
そして今回の石田三成による徳川家康襲撃の話も、このドラマだけではなく、他の小説などのお話にも取り上げられるテーマではあります。
ですので、三谷氏がそのあたりを元ネタにしてシナリオを書いたのは間違いないところではあります。
※コメントで頂きましたが、今回のお話の元になった資料は存在するとのことです。


「君側の奸(くんそくのかん)の出る幕ではないわ」徳川家康 真田丸
小説によっては、全く徳川家康襲撃などの話が無かったのに、むしろ徳川家康がでっち上げた、といった描き方をされている場合も・・・。
いずれにせよ、確たる資料の無い話ではありますが、これまで定説的によく描かれていたお話でもあります。
この話に一話を丸々割いたのには少し驚きましたが(笑)

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ジャンル : テレビ・ラジオ

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No title

あまり歴史小説を読んだことが無いので
「これまでの創作ではどのように描かれてきたか」という視点は新鮮で面白いです。
真田丸は三谷氏がこれまでの定番やお約束を敢えて外している部分もあると思うので、過去の創作と比較してみるとより楽しめそうですね。

Re: No title

> あまり歴史小説を読んだことが無いので
> 「これまでの創作ではどのように描かれてきたか」という視点は新鮮で面白いです。
> 真田丸は三谷氏がこれまでの定番やお約束を敢えて外している部分もあると思うので、過去の創作と比較してみるとより楽しめそうですね。

三谷さんは非常に歴史に造詣の深い方ですので、コメディタッチで描いている割には、抑えるところは抑えていたりするなですよねぇ。
前回、初めて大河ドラマの脚本を手がけた新選組の時も、意外に史実を上手く取り入れておりました。
最近の大河ドラマは、可能性の全く無い設定で主人公を絡めたりしていたのでウンザリしていたのですけども、やっぱり三谷さんのシナリオは好きです。
なにより、面白いですしね。

No title

>いずれにせよ、確たる資料の無い話ではありますが、これまで定説的によく描かれていたお話でもあります。

とあるのですが、これは実際にあった事件だそうです。考証の丸島氏は次のように言っておられます。

>今回の事件はほとんど知られていないので、完全な創作と誤解されてしまうのではとちょっと心配です。「四大老・五奉行」による「家康私婚問題」追求の最中で起きた一幕をベースにしています。まず、「七将襲撃事件」とは全く別個の事件です。というより、今回の「暗殺未遂」が「七将襲撃事件」の一因と思われます。』

>『『当代記』によると、慶長4年正月中旬より伏見で皆が「物言い」しあった。これは家康公を亡き者にしようという企てで、中心人物は石田三成である。ちょうど家康の重臣が関東から伏見に上ってきて、また大谷吉継が家康に荷担したため、吉継に近い人々はそれに習った。これで平穏になった。

また、考証の黒田氏は、次のように言っておられます。
>秀吉の死去から関ヶ原合戦までの政治抗争のなかで、真田一族の動向がみられたのは、実はこの時だけ

というわけで、三成絡みで今まで知られていない事件、かつ真田の動向が見られた事件、ということで三谷氏は目を付けたのでしょう。9/1 朝日新聞掲載のエッセイ『(三谷幸喜のありふれた生活:815)石田三成の「ミニ関ケ原」』では次のように述べておられます。
(今ならまだネットで記事が読めると思います)

>今回調べてみて分かった。これはこれで伏見を揺るがした大事件なのである。なにしろ徳川派と反徳川派が、伏見の街の真ん中で武力衝突しかけた、ミニ「関ケ原の戦い」なのだから。
> 改めて最近の大河を観直すと「天地人」では、この事件を採り上げていた。しかし今回のように一話丸々使って描いたのは、大河史上初めてではないか。
> 知られざるエピソードを、史実を基に、独自の解釈も入れながらドラマ化する喜び。しかも、本当の関ケ原の戦いでは、三成の味方となる大谷刑部や真田昌幸が、なぜかこの時は徳川方に付いているのだ。どうしてこんなことになったのか、想像しながら物語を組み立てる作業はとても楽しかった。まさに大河ドラマの脚本を書く醍醐味(だいごみ)がここにある。

Re: No title

> >いずれにせよ、確たる資料の無い話ではありますが、これまで定説的によく描かれていたお話でもあります。

> とあるのですが、これは実際にあった事件だそうです。考証の丸島氏は次のように言っておられます。

ご指摘ありがとうございました。
少し調べてみましたが、今回のお話のモトとされる「当代記」は、資料としては少し弱いモノのようですね。
「小瀬甫庵が『信長公記』を大衆向けに脚色した『信長記』からの影響が認められる部分も多い」とのことですから。
小瀬甫庵が関わったモノは基本、嘘だと私は思っています。
ただし、大衆向けに脚色し、一つのエンターテイメントとして確立した功績は買います。
太田牛一の信長公記などは、史実性が高くても、読み物としては大衆受けしにくいでしょうし。

ですので、それをもって史実とするのはちょっと弱いかと判断します。
とはいえ「確たる資料の無い話」と、本分にあるので、加筆で注意書きを入れさせていただきました。


No title

>「当代記」は、資料としては少し弱いモノのよう
>「小瀬甫庵が『信長公記』を大衆向けに脚色した『信長記』からの影響が認められる部分も多い」

お調べくださってありがとうございます。資料の精査となると、もはや私の手には終えないですね。ただ、「当代記」にしても使える部分と使えない部分もあるでしょうし、丸島氏が『今回の「暗殺未遂」が「七将襲撃事件」の一因と思われます。』というコメントをしておられるのを見ると、 同種の事件が起こってもおかしくないような緊張関係は当時あったと理解しても良いのかなと思います。関ヶ原までの政治情勢は複雑怪奇らしいですし。

今後も記事を楽しみにしていますね。


Re: No title


> お調べくださってありがとうございます。資料の精査となると、もはや私の手には終えないですね。ただ、「当代記」にしても使える部分と使えない部分もあるでしょうし、丸島氏が『今回の「暗殺未遂」が「七将襲撃事件」の一因と思われます。』というコメントをしておられるのを見ると、 同種の事件が起こってもおかしくないような緊張関係は当時あったと理解しても良いのかなと思います。関ヶ原までの政治情勢は複雑怪奇らしいですし。
> 今後も記事を楽しみにしていますね。

おっしゃるとおりですね。
どの資料を正として、どの資料を否とするのかは、その歴史家によって違いますし。
逆に第一級資料とされているモノであっても、著者の情報量によって正確であるかは分からないところもありますし、ましてや書き手の思想がどうしても入ってしまいますからね。
したがって当代記のどの部分を評価したのかによっても、史実とするかの判断はわかれると思います。
今回の徳川家康襲撃事件は、当然あってもおかしくない逸話だと思います。


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