真田丸・第33回「動乱」(6)干し柿と細川忠興について

「干し柿はお嫌いかな」石田三成 真田丸
「干し柿はお嫌いかな」

全く仲間が増えない状況に焦った石田三成は、直接、細川忠興(ただおき)を説得するために細川屋敷に・・・。
それにしても、手土産が干し柿とは(笑)



干し柿 真田丸
この干し柿。
石田三成の最後に少し関わってきます。
多分、今回わざわざ干し柿を出したのもそのためだと思います。
ちょっと頭の片隅にでも置いておくといいかも。
※コメントで情報をいただきましたが、元ネタがあったようですね。


細川忠興 真田丸
さて、細川忠興です。
ここまで紹介出来ていなかったので、少し解説していきます。


「あなたはキリシタンになって間がないので、パードレ(神父)がお取り計らいくださったのかも知れませんね」ガラシャ 真田丸
細川忠興はガラシャさんの旦那様です。
その惚れ込みようは異常で、ガラシャ様に見とれていた植木職人を自ら斬り殺したこともあったとか(汗)


ガラシャと細川忠興 真田丸
ただし、ガラシャさんがキリスト教徒になったことには不満で、この時期、既に不仲だったという説もあります。
ドラマでは不仲という感じも、惚れ込んでいるという感じも無いのですけども、いったいどっちなのでしょうかね。


細川忠興 真田丸
細川家は超名門のお家柄。
元々は足利将軍家とも遠縁だったとか。
室町幕府の時代には、管領といって室町幕府の政治を担う重役でした。
これをドラマのキャラで例えると、豊臣家の老衆(おとなしゅう)筆頭の徳川家康のような立ち位置に近いでしょうか。
しかし、室町幕府自体が衰退してしまったため、細川家も力を失ってしまいます。



明智光秀 真田丸
その足利家を再興しようとして働いたのが、細川忠興の父と明智光秀たちでした。
後に細川忠興の父・細川藤孝(ふじたか)も、明智光秀も、織田信長の家来になります。
この時の縁で、明智光秀の娘・玉(のちのガラシャ)を息子・忠興の嫁に貰っているわけです。


※画像は大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」の細川藤孝
明智光秀は織田信長を本能寺で殺してしまいますが、この時、もっとも味方として期待したのが、親戚となった細川家。
しかし、細川藤孝は主人・織田信長を殺した明智光秀には味方しませんでした。
結局、明智光秀は豊臣秀吉に直ぐに滅ぼされてしまうわけですから、この時の判断の正しさが細川家を生き残らせたと言えるでしょう。
※画像は大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」の細川藤孝


千利休 真田丸
また細川忠興は千利休の熱烈な支持者でした。
後に千利休の有名な弟子を利休七哲(りきゅうしちてつ)と呼びましたが、細川忠興も利休七哲の一人。
※後に呼ばれたのであって、当時そういう呼び方があったわけではない。


細川忠興 真田丸
ドラマではちょっと冴えない感じのある細川忠興ですが、その判断力は確か。
誰に付いたら得なのかを見極める力は、戦国武将でも随一です。
今後も細川忠興が誰に付くのか注目してみるといいかもです。
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ジャンル : テレビ・ラジオ

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No title

今回の干し柿のエピソードは「細川家譜」に記述があるそうです。
それによれば忠興はその場は礼を述べて干し柿を食べたけど、後で家康に密告したのだとか。
干し柿に腹を立てて家康についたという真田丸の描写とは大分違いますが、三成が干し柿を持ってきたこと自体は三谷氏の創作では無いようです。

Re: No title

> 今回の干し柿のエピソードは「細川家譜」に記述があるそうです。
> それによれば忠興はその場は礼を述べて干し柿を食べたけど、後で家康に密告したのだとか。
> 干し柿に腹を立てて家康についたという真田丸の描写とは大分違いますが、三成が干し柿を持ってきたこと自体は三谷氏の創作では無いようです。

なんとビックリ。
元ネタがあったのですね。
情報ありがとうございます。
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