真田丸・第34回「挙兵」(3)加藤清正たちが怒っている本当の理由とは

前田屋敷 真田丸
石田三成の謹慎が解かれましたが、納得が行かないのは福島正則や加藤清正。
病床の長老・前田利家の屋敷に押しかけます。
しかし、冷静に聞いて見ると、イマイチ彼らが何に怒っているのか分からないのは私だけでしょうか?



「内府殿を殺そうとまで!!」福島正則 真田丸
「内府(だいふ)殿を殺そうとまで!!」

福島正則は徳川家康を暗殺しようとしたことを怒っていますけども、福島正則とは直接関係無い話ですよね。
まあ、福島正則は徳川家康と縁組しようとしていたので、そういう意味では当事者なわけですけども。
てか、お前はまず、太閤殿下の遺志を無視して徳川家康と縁組しようとしたことを反省な。


「朝鮮での戦に力を尽くした我々に、全く報いようとしないのは何故です?」加藤清正 真田丸
「朝鮮での戦に力を尽くした我々に、全く報いようとしないのは何故です?」

加藤清正の不満にいたっては、石田三成に言うのはお門違いというものです。
朝鮮出兵を命じたのは、豊臣秀吉であり、加藤清正たちに報いなくなてはいけないのは秀吉なわけですから。
まあ、その秀吉が死んでしまっているので、恩賞を出しようが無いというわけですが、秀吉が死んだことは石田三成の責任ではないですからね。


「敵方・勢いを増しております」 朝鮮出兵 真田丸
そもそも、戦争での恩賞というのは、基本は勝ち取った領地から与えられるもの。
朝鮮出兵は失敗で、全く領地を得ていないわけですから、加藤清正に恩賞が無いのは当然と言えば当然です。
兵もお金も出して朝鮮に出兵したのに、全く音沙汰無しは確かに可哀想ですが、そうだとしても石田三成の責任ではないですよね。




「太閤殿下の馬印、千成瓢箪(せんなりびょうたん)をお預けくださるだけでよろしいのです」石田三成 真田丸
実は石田三成の不人気は、ドラマでは描かれていませんでしたが、やはり朝鮮出兵に関係しています。
ドラマを見ていると、朝鮮で戦争をしているのに、結局秀吉は一度も朝鮮に行かなかったことにお気づきでしょうか?
このように、最高指揮官が戦場に行かなかった場合に問題になるのが、誰がどういう活躍をしたのか、または失敗をしたのか、という判定です。
戦場での活躍で恩賞が出るのですから、参加している当事者たちとしては、非常に重要な部分であります。
しかし、秀吉が現地に行っていないため、これを判定出来ません。
このため軍目付(ぐんめつけ)という代理の者に視察させ、報告させていたのです。


怒る石田三成 真田丸
この時に、加藤清正たちにとって不利な報告をしたとされるのが、石田三成。
ただし、実のところ、本当に石田三成が加藤清正たちに不利な報告をしたのかはよく分かりません。
石田三成自身が軍目付として報告したわけではなく、軍目付の中に石田三成の親戚がいたというだけです。
まあ、確かに普通に考えて、石田三成の息の掛かった人物でしょうし、少なくとも加藤清正たちはそう考えたわけですね。
こうして考えると、加藤清正の「朝鮮での戦に力を尽くした我々に、全く報いようとしないのは何故です?」という台詞の意味が違って聞こえてくるのではないでしょうか?


「お主は顔に出やすい。殿下の前で涙くんだりしてもらっては困るのだ」石田三成 加藤清正 真田丸
また一般的には、この石田三成一派と、加藤清正一派の争いを武断派と文治派の争いとして描くことが多いです。

武断派とは主に戦争で活躍した武将たちのこと。
文治派とは主に内政面で活躍した武将たちのこと。

天下が統一されると、これまで主役だった武断派が脇に追いやられ、天下を治めるための文治派が主役になるというのは、よくある話です。
こうした中、苛立った武断派が文治派を攻撃するのもよくある話。
本来ならば、秀吉が武断派を抑えて、文治派を保護していけばいいのですけども、秀吉は不満な武断派を使って朝鮮出兵を初めてしまい、しかも途中で死んでしまいました。
武断派と文治派の対立という火種は残ったままで、ここに徳川家康が付け入る隙が出てきたわけですね。
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