真田丸・第34回「挙兵」(10)ほぼ天下を手中にした徳川家康。飛ばされたエピソードその一・前田家陥落

1600年5月 真田丸
ナレーション
「家康は秀頼がいる大阪城に移り、ほぼ天下を手中に収めている」

ここまで丁寧に豊臣家と徳川家康の政治的攻防を描いてきたのに、石田三成が謹慎した途端、「ほぼ天下を手中に収めている」のナレーションには吹きました(笑)
なんで「天下を手中に出来たのか」サッパリわからんがな(笑)
ということで、石田三成が蟄居後の徳川家康を中心とした動きを幾つか解説しておきたいと思います。






高笑いする徳川家康 真田丸
ナレーション
「三成が伏見を発った三日後、徳川家康は伏見城に居を移した。それは家康の高らかな勝利宣言であった」

まず、ドラマで出てきたのはこのシーン。
石田三成が蟄居して、徳川家康が高笑いしているので、なんとなく徳川家康圧勝な印象ですよね。
まあナレーション自体が「高らかな勝利宣言」と言っているぐらいですし。
ただし、この伏見城に徳川家康が入ることは、秀吉が死ぬ以前から決まっていた既定路線で、別に石田三成の蟄居とは関係ないはずです。
徳川家康が秀頼を自由にして天下を握ってしまわないように、秀頼は大阪城、徳川家康は伏見城に入ると決まっていたことを実行しただけであり、徳川家康が高笑いする要素はあまりないはずです。


1600年5月 真田丸
ナレーション
「家康は秀頼がいる大阪城に移り、ほぼ天下を手中に収めている」

ただし、次のナレーションは大事です。
「ほぼ天下を手中に収めている」に気をとられますが、「家康は秀頼がいる大阪城に移り」とあります。
前述したように、徳川家康が秀頼を自由にしないように伏見城にいるように決めていたことを無視しているのです。
徳川家康が高笑いするとしたら、ここでしょうね。




前田利家の最期 真田丸
この流れは前田利家が死んでしまったことに大きく関係しています。
前田利家が死に、徳川家康に歯止めをかける人物がいなくなったということなのです。


老衆・前田利長 真田丸
ただし、前田利家が既に病気で先が長くないことは、まだ秀吉が生きている時点でも分かっていることでしたので、もし前田利家が亡くなった後は、息子の前田利長がその役割を引き継ぐこととなっていました。


「石田治部は密かにことをなしたかったようですが、これを大事にしてしまう」本多正信 徳川家康 真田丸
せっかく目の上のたんこぶの前田利家が死んでも、息子がその役割を継いでは徳川家康にとっては腹立たしいことです。
そこで、徳川家康は前田利長にいろいろと難癖をつけて、前田家に対して戦争を仕掛けようとします。
父・利家なら受けてたったのでしょうけども、息子・利長なら、脅しあげれば腰砕けになると読んでの行動でしょうね。


※画像は大河ドラマ「利家とまつ~加賀百万石物語~」の前田利家
徳川家康の読み通り、前田利長は家康との戦いを避け、母親を人質に出すなどして詫びを入れました。
もう、完全な降伏です。
この利長の母は大河ドラマ「利家とまつ~加賀百万石物語~」のもう一人の主人公まつさんです。
※画像は大河ドラマ「利家とまつ~加賀百万石物語~」


「今生(こんじょう)の別れだ」石田三成 真田丸
こうして、亡き豊臣秀吉や石田三成が期待した前田家は、前田利家が死んで1年もしない内に、徳川家康に完全降伏してしまったのです。
五大老のうち、もっとも期待されていた前田家が、徳川家康の軍門に降ったことで、ナレーションで言う「ほぼ天下を手中に収めている」状況に一挙に向かったことは事実でしょうね。
ちなみにこのエピソードは、以前前田利長が初登場した回に、いずれドラマで語られるでしょうとして解説しなかった逸話でした。
結局、ドラマでは語られませんでしたね。
前田利長まで登場させたので、間違いなく使われるお話だと思ったのですけども。

【前田利長関連記事】
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