真田丸・第35回「犬伏」(7)大谷吉継は何の病気だったのか?

茶碗を持つのも不自由な大谷吉継 真田丸
石田三成に口説かれて、共に徳川家康を討つ覚悟を決めた大谷吉継ですが、既に自分で茶碗を持つのも不自由な様子です。





顔や首筋には赤い痣が見える大谷吉継 真田丸
また、顔や首筋には赤い痣が見えます。


「笑っておるのか?」大谷吉継 真田丸
「笑っておるのか?」

目もあまり見えない様子。
この大谷吉継の病気はなんなのでしょうか?




一般的には(ドラマ、小説の設定では)、大谷吉継の病気は癩病(らいびょう)とか業病(ごうびょう)と言われています。
現代風に言うとハンセン病のこと。
画像はハンセン病の詩人ですが、見ての通り肌が崩れてしまいます。
見た目が崩れてしまうことと、そうなってしまう原因が前世の行いが悪かった祟りだという迷信があったため、近代になるまで非常に差別されたと言われます。
また梅毒だったという説もあります。
梅毒は今でも性病として有名ですが、当時は今よりずっと発症者が多い病気でした。


※画像は大河ドラマ「真田太平記」の大谷吉継
ハンセン病にせよ、梅毒にせよ、肌がただれていたのは間違いなかったらしく、他のドラマや映画では、もっと極端に病気の症状が出ている様子で演じられることが多いです。
※画像は大河ドラマ「真田太平記」の大谷吉継


「五奉行は内府(だいふ)の策略で三人となり、利家様亡き後の前田家はすっかり骨抜きにされました」石田三成 真田丸
この大谷吉継の病気についてのエピソードを一つ。
当時の大名は茶会で茶碗を回した回し飲みをするという作法がありました。
大谷吉継が茶を飲んだ時に、皮膚からウミが落ちて茶の中に入ってしまいました。
大谷吉継は自分のウミが入ったお茶を回すことが出来ずにいると、石田三成が「喉が渇いたから早くまわせ」と言って、そのお茶を飲んでしまったというお話。
石田三成と大谷吉継の友情が感じられる逸話ですね。
※お茶を飲んだのは秀吉という説もある。


大谷吉継と春 真田丸
実物の大谷吉継は、既に表情が読み取れないほどに、顔が崩れてしまっていたかも知れません。
そんな中、石田三成とともに戦う熱い男、大谷吉継にご注目ください。
※現在では大谷吉継がハンセン病だったという説には否定的な意見が多いようです。
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テーマ : 真田丸
ジャンル : テレビ・ラジオ

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No title

大谷吉継の病気について、確かな史料で伺えるのは「目を患っていた」「屋敷に引きこもっていた」ことだけのようです。

ハンセン病であった可能性は「ゼロ」でしょう。吉継が仮にハンセン病であり、そのことが世間に漏れれば、本人だけではなく、家族・親戚全体が世間から忌避されてしまうからです。

吉継が病気を患っていたことが知られているのに、吉継とその親族が、世間から忌避された形跡が全くない以上、ハンセン病の可能性は真っ先に消えます。

刑部の病気

twitterで見かけたのですが、片岡愛之助さんがトークショーで、ドラマでの刑部の病気は膠原病の設定だとおっしゃっていたらしいです。

ハンセン病の可能性は時代考証の丸島氏も全力で否定されてますね。茶会のエピソードは丸島氏tweetでは大正時代の小説が初出だそうで、その段階ではお茶を飲み干したのは秀吉、その後の時代小説で三成の設定に変わったそうです。

Re: No title

> 大谷吉継の病気について、確かな史料で伺えるのは「目を患っていた」「屋敷に引きこもっていた」ことだけのようです。

少なくとも本願寺日記には、関連する記載があるようですので、まったく資料で伺えないといったことは無いと思います。
※本願寺日記は一級史料ですが、当時の文書を集めたモノなので、大谷吉継の部分がどれだけ史実性があるかは分かりませんが。

ただ、ここの本文で書きたかったのは、ハンセン病が史実である、ということではなく、業病という設定になっていることが多いということだけですので、そうご理解ください。

> ハンセン病であった可能性は「ゼロ」でしょう。吉継が仮にハンセン病であり、そのことが世間に漏れれば、本人だけではなく、家族・親戚全体が世間から忌避されてしまうからです。

ハンセン病だったから隔離されていたかは、一概に言えないとも思います。
当時は病理学的に判断してハンセン病と診断したわけではなく、皮膚のただれや容姿などを見て、業病と周囲が言っていたに過ぎないでしょう。
つまり、ハンセン病だった可能性も全く否定出来ませんし、梅毒や単なるアレルギー性の皮膚疾患だったかも知れません。
まあ、ハンセン病は確率的になる可能性が低いですから、当時の流行病・梅毒だった可能性は高いですけども。

梅毒に関しては、性病という認識はあったようで、それだけに女性と交わった証になり、梅毒になった方が「一人前の男」と称える向きもあったようです。
ですので、容姿が崩れればイコール業病で隔離されるといったことでも無かったと想像します。
ようは程度の問題かと。

> 吉継が病気を患っていたことが知られているのに、吉継とその親族が、世間から忌避された形跡が全くない以上、ハンセン病の可能性は真っ先に消えます。

大谷吉継は秀吉の小姓としてスタートします。
普通、小姓は有力武将の子弟を抜擢し、小姓兼人質とすることが役目ですが、大谷吉継は前歴不肖とのことですので、人物そのものを買われて起用されたのでしょう。
そういう場合、一般的には容姿と能力を買われるわけです。
言い換えれば、この時点では「目が見えない」「引きこもる」といったこともなかったはず。
つまり、ハンセン病だったかはともかく、なんらかの身体的障害が発生したのは、ある程度の地位になってからだったでしょう。
だとすれば、病気が発生したとしても、家族が隔離しなかったのは当然で、それをもって大谷吉継が病気で無かったというのは拡大解釈のように私は考えます。

ただ、単にハンセン病と書いてしまうと誤解を与えてしまいますので、本文に修正を加えました。
ご指摘ありがとうございました。

Re: 刑部の病気

> twitterで見かけたのですが、片岡愛之助さんがトークショーで、ドラマでの刑部の病気は膠原病の設定だとおっしゃっていたらしいです。


そうだったんですね。
教えていただいてありがとうございます。

> ハンセン病の可能性は時代考証の丸島氏も全力で否定されてますね。茶会のエピソードは丸島氏tweetでは大正時代の小説が初出だそうで、その段階ではお茶を飲み干したのは秀吉、その後の時代小説で三成の設定に変わったそうです。

日南の豊太閤あたりが書きだしたことだと記憶しています。
なるほど、最初は秀吉だったんですね。
後の小説というと、司馬遼太郎あたりでしょうか。
司馬遼太郎の小説で、そういう記述があったように記憶しています。

もう一人の方のコメントにも返信いたしましたように、大谷吉継がハンセン病だった、というのが本文の趣旨ではなく、そういう設定で語られることが多い、というのが書きたかったことです。
ご指摘をいただき、本文にも修正を加えました。
ありがとうございます。
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