真田丸・第36回「勝負」(1)小山の宿はホテルなのか?

「徳川内府さばぁ、もまなく小山の宿(しゅく)に入られるとのこと」河原綱家 真田丸
「徳川内府さばぁ、もまなく小山の宿(しゅく)に入られるとのこと」

父と弟とは分かれて、徳川方に付くと決心した信幸に、家来の河原綱家が報告。
やたらと聞き取りにくい口調が気になりますが、まずは宿について少し解説を・・・




宿場町
ここで言っている「宿(しゅく)」は、宿屋のことではなく、宿場(しゅくば)のことと思われます。
電話の無い時代のことですから、なにか連絡がある場合、人が伝達に走ることになります。
ドラマでは佐助が走っていますが、現実には馬に乗って走ります。
宿場では、この連絡のための馬と人が待機しているのです。


伝令 戦国時代
特に急ぎの連絡の場合、馬も人も休まずに走り通すので、体力がもちません。
このため、宿場に待機している馬と人とに手紙をリレーします。
ドラマでは佐助一人が走って連絡しているようですが、物理的に考えればこちらの方が速いのはおわかりいただけるでしょう。


神流川の戦い 真田丸
ただし、世の中が乱れている状況ですので、この宿場がどの程度機能していたのかは不明です。
ですので、宿場としては機能していないものの、これまでの経緯で「小山の宿」と言った可能性はあります。


徳川家康 真田丸
後に天下を取った徳川家康が、この宿場を整備します。
我々が知っている宿場町のほとんどは、この徳川家康が作らせたもの。
その役割から、一定数の役人が常駐することになりますし、宿場自体が街道の要所要所に作られました。
結果、旅をする人としても立ち寄りやすいことになり、それを目当てに宿屋が作られる場合もありました。
現代に残っている宿場町にホテルがあったりするのは、その名残ということになりますね。
関連記事

テーマ : 真田丸
ジャンル : テレビ・ラジオ

コメントの投稿

非公開コメント

スポンサードリンク01
カテゴリ
プロフィール

うんちく仙人

Author:うんちく仙人
このサイトでは、歴史に興味が無い方でも、歴史ドラマをドラマとして楽しめるように手助けする趣旨で書いております。
特にドラマは好きだけど、歴史はあんまりわかんないという女性の一助になれば幸いです。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
スポンサードリンク02
RSSリンクの表示
リンク