真田丸・第36回「勝負」(16)関ヶ原の戦いそのニ、実は石田三成は結構有利な状況だった

関ヶ原の戦い・石田三成の陣 真田丸
ドラマではほとんど描かれなかった関ヶ原の戦いを解説して、補填したいと思います。
ここでは徳川軍と石田軍の戦力について触れてみたいと思います。



「ついては天下の安寧を守るために貴殿のご同心、ご加勢を願いたくそうろう」石田三成 真田丸
ドラマでは、ここまで豊臣家を守るために奔走しながらも、他の大名の支持を得られずに孤立する石田三成が描かれていました。
徳川家康襲撃事件の折には、多くの大名が家康についてしまい、仲間の大谷吉継にさえ「お主では誰もついてこない」と言われる有様。


毛利輝元 真田丸
しかしドラマでも描かれたように、今回の関ヶ原の戦いでは、毛利輝元を総大将として兵を挙げ、日本の西側の大名のほとんどを味方に付けることに成功しています。
ドラマでは出てこなかった表現ですが、石田方には主に日本の西側の大名が付いたことから西軍、逆に徳川方には東側の大名がついたので東軍と呼ぶのが一般的です。
また先述のとおり、関ヶ原の戦いは、教科書などでは石田三成VS徳川家康として教えられますが、実は総大将で言うと、毛利輝元VS徳川家康なのです。


関ヶ原の戦い
こうして西側の大名を沢山味方につけたため、石田方の軍勢も決して少なくはありませんでした。
ドラマでは徳川軍9万に石田方8万とされていました。
この兵力については諸説あるのですけども、両軍とも10万近い大軍で、ほぼ互角の人数が集まったことは事実です。


メッケル
明治維新後、日本は近代化を目指し、軍隊の指導者として海外の軍人を招きましたが、その中の一人ドイツ軍人メッケルは、関ヶ原の戦いの部隊の配置を見て、石田方が勝ったに違いないと言ったそうです。
関ヶ原で待ち受けていた石田方は、有利な態勢で待ち受けていたのですね。
※ただし、この話は創作との説もあり。



老衆・宇喜多秀家 真田丸
その他、ドラマで出てきた大名で西軍(石田方)についた大名を上げます。
まずは宇喜多秀家。
老衆(おとなしゅう)の一人であり、豊臣家の親族扱いでもある秀家の参加は、西軍に心強かったことでしょう。


大谷吉継 真田丸
ドラマでも石田三成と並んで関ヶ原の戦いに参加していたことから分かるように、大谷吉継はもちろん西軍。


小早川秀秋もビックリ 真田丸
途中で裏切るので、西軍に入れるかは微妙ですが、小早川秀秋も最初は西軍として関ヶ原の戦いに参加。


長宗我部盛親 真田丸
徳川家康に酒宴に招かれただけの出演だった長宗我部盛親ですが、彼も西軍についています。


「はっきり言ってお主ごときが相手をするお方ではない」片桐且元 真田丸
片桐且元も西軍に参戦。


長束正家 真田丸
影が薄くて皆さんが覚えているか不安ですが、五奉行の一人・長束正家も石田三成と行動をともにしています。


石田三成 真田丸
その他、多数の大名が西軍に参加しており、決して石田三成が不利では無かったのです。



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