真田丸・第37回「信之」(2)ともに命乞いしてくれるいい人・本多忠勝はいつ中務大輔になった?

「本多中務大輔(なかつかさたいふ)様がお見えでございます」河原綱家 真田丸
「本多中務大輔(なかつかさたいふ)様がお見えでございます」

徳川家康に逆らった真田昌幸・信繁の命乞いをするために、大阪へ旅立とうとする真田信幸の元に、本多中務大輔様が来訪とのこと。





「父上が・・・」稲姫 真田丸
「父上が・・・」

と稲姫が驚いているように、中務大輔とはもちろん・・・


稲姫と本多忠勝 真田丸
この人、本多忠勝です。
中務大輔は官職で、徳川家康が秀吉に降った時に、主人・家康とともに官職を貰っており、それが中務大輔でした。

【官位・官職に関する過去記事】
真田丸・第15回「秀吉」(5) 秀吉が官位を代理で推挙する意味はこういうことです
真田丸・第14話「大阪」(10)じゅごいのげ?かずえのかみ?


本多忠勝は中務大輔 真田丸
中務大輔はランクで言うと従五位下(じゅごいのげ)になり、真田信繁と同ランクということになります。

【真田信繁の官位・官職についての過去記事】
真田丸・第27回「不信」(5)従五位下(じゅごいのげ)?左衛門佐?



「ワシも共に、殿の御前で真田安房守の命乞いをいたそう」本多忠勝 真田丸
「ワシも共に、殿の御前で真田安房守の命乞いをいたそう」

なお、本多忠勝が一緒に命乞いしてくれたのは史実のようです。


「たった今、大阪から来られたばかりでは・・・」稲姫 真田丸
「たった今、大阪から来られたばかりでは・・・」

父の一言に驚く稲姫。
忠勝は「それがどうした」と言っていますが、交通手段の乏しい当時はかなりの日数を要する旅になります。


沼田城から大阪城 グーグルマップ 真田丸
試みにグーグルマップで検索したところ、最短距離で537kmでした。
実際には交通の便がいいグレーのルートを通るかと思いますので、600kmを超えそうですね。


徳川軍 行軍 部隊 戦い 真田丸
ちなみに江戸時代の旅人が一日に移動する距離は30km~40km程度だったと言われています。
だとすると、単純計算で20日ほどかかる計算。
本多忠勝や真田信幸ほどの武将が一人旅をするわけはないですから、護衛などを引き連れての大人数での移動となることを思うと、もう少しかかったでしょう。
稲姫が驚くのも無理はありませんね。
また忠勝の厚意がいかに有り難いものか分かります。


「これより婿とともに、上田城に立て籠もり、徳川の兵を相手に討ち死につかまつる!!」本多忠勝 真田丸
「これより婿とともに、上田城に立て籠もり、徳川の兵を相手に討ち死につかまつる!!」

まあ、実際はさすがに、ここまでは言ってないと思いますけどもね。
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