真田丸・第37回「信之」(12)信繁に会いに来た三成の妻・うたは幽霊だった??

信繁に会いに来た加藤清正 真田丸
九度山に行くにあたり、一通り挨拶を終えた信繁に、更に加藤清正が訪ねてきます。
う~んドラマらしい、なかなかご都合主義な展開ではありますね(笑)





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加藤主計頭(かずえのかみ)である。なんぞ文句あるのか?」

役目柄立ち去れない見張り役の大井政吉を恫喝する加藤清正。
ただのヤンキーですがな(笑)

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加藤清正と真田信繁 真田丸
ドラマでは語られていませんが、関ヶ原の戦い当時、加藤清正は徳川家康の怒りを買って自宅謹慎中でしたので、関ヶ原の戦いそのものには参加していません。
しかし、関ヶ原の戦いが始まると、徳川方として領地のある九州で戦い勝利を収めています。
後にその恩賞でさらに徳川家康より領地を増やしてもらうことを逆算すると、この当時、既に徳川家康に許されていたでしょう。
だとしたら、徳川家康に会いに来ていてもおかしくないですし、そのついでに信繁に会うこともあったかも知れませんね。


加藤清正に耳打ちする石田三成 真田丸
それにしても、いよいよ加藤清正の耳打ちについてネタが明かされると思ったのですが、肩透かしでした。
ひょっとして、このまま伏線回収なしで終わるとかやめてもらいたいものです(汗)

【加藤清正の耳打ちについて】
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うた 真田丸
それはともかく、加藤清正の用事とは、石田三成の妻・うたさんを引き合わせることでした。
この後、うたは夫・三成の最期を語るわけですが、通説ではうたさんは、この時点で既に死んでいると言われています。



徳川家康 真田丸
関ヶ原の戦いで勝利した徳川軍は、そのまま石田三成の本拠地である佐和山城に攻撃を仕掛けています。
石田三成は豊臣家の政権で重要な役割を果たしていたこともあり、本拠地の佐和山に戻ることはほとんど無く、そのため、ドラマでも佐和山にいるシーンは無かったと記憶しています。
ですが、石田三成も大名でして、大名である以上、領地と城があります。
三成の場合、近江(おうみ=滋賀県)の佐和山でした。


美濃と近江の位置関係・地図
関ヶ原の戦いがあったのが美濃の国(岐阜県)。
佐和山のある近江はその隣ですから、関ヶ原の戦いに勝った徳川軍の標的に真っ先になったのは当然でしょう。


実は生きていたうた 真田丸
関ヶ原の戦いがあった三日後には佐和山城が落城。
そこで石田三成の妻・うたも自害したというのが通説です。
だとしたら、信繁に会いに来たのは幽霊だったということになります。


「頼みます」ガラシャ 真田丸
ただし、うたさんは生きていたという説もあります。
そもそも石田三成は、関ヶ原の戦いを始める前に、大名の妻子を人質にしています。
このことはドラマでもガラシャさんの死として描かれていました。
そこまでして人質を集めた石田三成が、自分だけ妻を領地の佐和山城に置いておくなど許されるはずが無いからです。
その説によると、大阪で人質として居たうたは、関ヶ原の敗戦を知って逃亡。
このあと15年ほど生きたそうです。
そうであれば、信繁に石田三成の最期を語ることも出来たわけですね。


処刑される石田三成 真田丸
また、同じくうたは生きていたという説の中でも、石田三成の死を見届けた後、後を追って自分も自殺したという説もあります。
石田三成とうたの夫婦仲はかなり良かったと言われていますので、これもありそうな話ではありますね。

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