真田丸・第38回「昌幸」(10)57回の戦で一度も怪我をしなかった本多忠勝

指を切ってしまった本多忠勝 真田丸
竹トンボを作っていて、うっかり指を切ってしまった本多忠勝。



「それがし、一度たりとも手傷を負うたことが無いのが自慢でございました」本多忠勝 真田丸
「それがし、一度たりとも手傷を負うたことが無いのが自慢でございました」

そして、すかさず家康に隠居を申し入れる本多忠勝。
この急展開に戸惑った方も多かったのではないでしょうか。


「ワシも共に、殿の御前で真田安房守の命乞いをいたそう」本多忠勝 真田丸
この本多忠勝の逸話は史実です。
生涯、なんと57回の戦争に出て、しかもほとんどが最前線で戦ってきたというのに、ただの一度も怪我をしたことが無かったそうです。


「上野までだと!!」本多忠勝 真田丸
ところが小刀で彫り物をしている時に、指に怪我をしてしまい「そろそろワシも終わりらしい」と言って、実際に数日後に死んだそうです。


「いかんのう・・・」徳川家康 真田丸
この逸話は司馬遼太郎の小説にもありますが、この本多忠勝の死を知った家康は「戦に出るたびに怪我をしても生き残る者もいる。忠勝は無数の戦で無傷であったのに、小刀で怪我をしてすぐに死んだ。不思議なことがあるものだ」と言っていました。
まさに不思議なことであります。



本多忠勝と徳川家康 真田丸
この不思議なエピソードを急にぶっこんだので、ややストーリーの流れを無視した展開になったのでしょう。
それにしても、不思議な逸話ではあります。


「わからんぞ。まだまだ西の方角でひと波乱あるやも知れん」徳川家康 真田丸
「わからんぞ。まだまだ西の方角でひと波乱あるやも知れん」

世が太平になったので、自分のような者はいらないという本多忠勝に、まだまだ分からないと言う徳川家康。
西の方角とはもちろん、豊臣秀頼がいる大阪城のことを指しているのでしょう。


「その時には、我が槍・蜻蛉切(とんぼきり)を片手に真っ先に駆けつけまする」本多忠勝 真田丸
「その時には、我が槍・蜻蛉切(とんぼきり)を片手に真っ先に駆けつけまする」

本多忠勝の言う蜻蛉切は、実際に忠勝が使っていたといわれる槍のこと。
刃先があまりに鋭いため、そこに止まったトンボが真っ二つに切れてしまったことから名付けられたとのこと。
結局、ドラマで語られたように、本多忠勝は亡くなってしまいますので、もちろん、次の大阪の陣には駆けつけることは出来ません。
あの暑苦しいキャラがもう見れないのは、少し残念ですよね。

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ジャンル : テレビ・ラジオ

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