真田丸・第40回「幸村」(5)明石全登の参戦理由

明石全登 真田丸
「関が原の一戦後、宇喜多様が捕らえられ八丈島に流されてからこの十数年、諸国を渡り歩いておりました!!」

以前、「迎えに来た明石全登とその主人・宇喜多秀家のその後」で少し触れましたが、明石全登(あかしてるずみ)は逃亡者としてこの十数年を暮らしています。




老衆・宇喜多秀家 真田丸
セリフにある通り、主人であった宇喜多秀家は八丈島に島流しになっています。
なお、この関が原の戦い後、宇喜多家そのものが取り潰しになっているので、真田家の人たちのように誰かを頼ることもできず、明石全登は浪人になっています。
つまり無収入になったのであり、かなり厳しい生活を送ってきたことでしょう。
本来ならば、昔の主人である宇喜多秀家をこそ迎えに行かないと行けないのでしょうけども、陸続きの九度山と違い、海を隔てた八丈島に迎えに行くのは難しかったのでしょうね。


明石全登 真田丸
そんな明石全登ですが、よく見ると十字架を握りしめているのがお分かりでしょうか。
そう、彼はキリスト教徒、当時の言い方だとキリシタンでした。
大阪城に入り、徳川家康と戦う覚悟をしたのは、キリスト教を認めて貰うためだったと言います。


「バテレン追放令。あれを使おう。なにゆえバテレン共は京や大阪に残っておる。奴らを全て捕らえろ。どうだ良い案だろ」豊臣秀吉 真田丸
「バテレン追放令。あれを使おう。なにゆえバテレン共は京や大阪に残っておる。奴らを全て捕らえろ。どうだ良い案だろ」

ただし、豊臣家がキリスト教に優しかったとか言うことではなく、ドラマでも秀吉がバテレン(キリスト教の神父)追放令を出した話が出ていました。
あくまでも、今回の戦いで圧倒的に不利な豊臣家に恩を売ることでなんとかしようと考えていただけのことでしょう。
あるいは、豊臣が勝てば、キリスト教を認めるといった口約束ぐらいは会ったのかもしれませんね。



関連記事

テーマ : 真田丸
ジャンル : テレビ・ラジオ

コメントの投稿

非公開コメント

スポンサードリンク01
カテゴリ
プロフィール

うんちく仙人

Author:うんちく仙人
このサイトでは、歴史に興味が無い方でも、歴史ドラマをドラマとして楽しめるように手助けする趣旨で書いております。
特にドラマは好きだけど、歴史はあんまりわかんないという女性の一助になれば幸いです。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
スポンサードリンク02
RSSリンクの表示
リンク