真田丸・第41回「入城」(2)率いる武将がいないのも当然という話

大野治長 真田丸
「それを率いる良き武将がおらず困っておったところ」

10万もの浪人が集まったというのに、それを率いる武将がいないと嘆く大野治長。
10万人もいれば、何人か凄い奴もいそうなものですけどもね・・・。
しかし、これは実は当たり前だということを説明したいと思います。




真田軍・軍議 真田丸
そもそも武士というのは、軍隊の兵士や指揮官というより以前に、土地を管理する地主です。
大名は領地の経営者で、家来はその従業員。
そしていざ戦争ということになりますと、大名が総大将になり、領地内の百姓を徴兵し、家来が指揮官として兵士を率いる事になります。
つまり、最初から誰が大将で、誰が指揮官で、誰が兵士かは、あらかじめほとんど決まっているわけです。


「例の刀狩りで、もう二度と戦に出ることは無いと思っておったが、こんな日が来るとはのう・・・」堀田作兵衛 真田丸
例えば地侍に過ぎない堀田作兵衛が、いくら能力が高くても、総大将になることはありえません。
戦国時代とはいえ、現代よりずっと厳しい身分感覚がそこにはあります。


真田軍 真田丸
日頃から大名として領地を管理している人が総大将や指揮官になるのですから、今更「それを率いる良き武将がおらず」と悩む必要は全く無いわけです。
※逆に無能なのに指揮官から外せないという別の悩みは出てきますが。
また、日頃の組織がそのまま軍隊の上下関係になるのですから、結束が保ちやすいですよね。



豊臣秀頼に拝謁する真田幸村 真田丸
その点、無職の浪人たちが集まった豊臣軍は事情が違います。
豊臣家は既に徳川家康によってその領地の大半を失っている状況ですので、領地の管理者としての家来は非常に少ないということになります。
そして10万もの浪人が集まった。
彼らは一様に無職であり、領地が無いので、率いるべき兵士がいないわけです。


小判 真田丸
こういった状況ですと、本来は武士が10万人も集まるはずもないのですけども、当時は関が原の戦いに敗れた大名たちの家来が巷に溢れていたということと、豊臣家が元々は天下人だったため有り余る資金を持っていたため、大量の浪人を雇い入れるという荒業が可能になったわけです。
しかし戦争で戦う以上、指揮官は決めなければなりません。


毛利勝永と後藤又兵衛 真田丸
全員無職。
ある種、全員が平等な状況ですので、指揮官の決めようが無かったということになります。
ですので、「良き武将がおらず困っておった」というより、そもそも指揮官になる資格のある者がいなかったということになります。
全員が無職で、立場も一緒ならば、後はもう過去の経歴で決めるしかありません。
ですので、後藤又兵衛や毛利勝永など、過去に戦いの実績がある者が指揮官に任命されていくことになります。


豊臣秀頼と真田幸村 真田丸
真田幸村は戦いの実績こそあまりあまりませんが徳川軍に二度も勝った真田昌幸の息子というのは、この場合、指揮官に任命されるに十分な資格と言えるかも知れませんね。




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No title

指揮官の資質について私見を述べさせて頂きます。

過去に戦いの実績があるというのも勿論大事な事なのですが
「浪人になる前、大名などの高い地位についていたか」
「豊臣家のために命を懸けてくれるだけの義理があるかどうか」
というのも同じくらい重要な要素であると考えます。
前者は人の上に立った経験と身分感覚の問題。
後者は途中で裏切ったりしないかという信用の問題です。

毛利吉政(勝永)は秀吉の直臣で、関ヶ原以前は万石取りかつ
従五位下豊前守の官位を持つ大名格です。
しかも父親の代から秀吉に仕えており、いわば豊臣家の譜代です。
吉政が指揮官に選ばれる上で、豊臣の譜代であるという事は
当然考慮されたはずであり、陪臣の後藤又兵衛と
同列に論じる事はあまり適切でないように思います。

No title

次に信繁なのですが、父親の昌幸がどうこう以前に
まず信繁自身が秀吉の直臣として19000石の知行を与えられており
従五位下左衛門佐の官位も持つ大名に近い身分の人間です。
浪人達の中で秀吉の直臣かつ大名格だった者は
他には毛利吉政と明石全登ぐらいのものです。

つまり信繁は戦で武勲を立てた経験こそ多くないものの
「浪人になる前、大名などの高い地位についていたか」
「豊臣家のために命を懸けてくれるだけの義理があるかどうか」
という二つの条件を満たしており、そもそも他の浪人達とは
格が違う存在だったという事です。

「真田昌幸の息子だから指揮官になった」というのは
あまり適当では無いと考えますが如何でしょうか。

No title

ご質問の件の私見をお答えいたします。
まず前提として、ここの頁において書きたかったことは、武士というのは普段は村落共同体の経営者であり、戦時においてはその経営組織がほぼそのまま軍隊の組織として運用されるということです。

これは現代風に言えば、日本が他国と戦争した時に、安倍首相が総大将となって、各都道府県の知事が県民を従えて戦うといった仕様となります。
むろん、実際にそんなことは起こりらないわけで、それだけに現代人には分かりにくい感覚であろうと想像して、それを説明することが趣旨となっています。

したがって、毛利勝永や後藤又兵衛、そして真田幸村の指揮官としての個人的な資質に寄り添って書いたものではないことをまずはお断り申し上げます。

その上で、本文にある通り「後はもう過去の経歴で決めるしかありません。」としたわけです。
過去の経歴には、もちろん、戦いの実績だけでなく、ご指摘いただいている内容であるところの「大名などの高い地位についていたか」「命を懸けてくれるだけの義理があるかどうか」といったところも含めております。
むろん、本文は説明不足であることは否めませんが、このブログの趣旨は「歴史に興味が無い方でも、歴史ドラマをドラマとして楽しめるように手助けする」ことでありますので、後藤又兵衛が陪臣であるだとか、ここまでドラマで触れられていない毛利勝永と豊臣家の関係などは歴史に興味の無い方にはあまり意味が無いことだと考えて深くは触れておりません。

後藤又兵衛と毛利勝永を同列に論じたのは、単にドラマで紹介された都合のみの理由です。
そもそも真田丸は真田家に関係しない人物は、どれだけ重要人物でもバッサリといなかったことになる傾向がありますから、人物の紹介に偏りが出るのは致し方無いところであると思います。


>「真田昌幸の息子だから指揮官になった」というのはあまり適当では無いと考えますが如何でしょうか。

というのは、色々な考え方があって当然だと思います。
私見としては、世代的に考えて、朝鮮出兵にも関が原の戦いにも参加出来ていないという戦歴は、やはり個人としての評価は低いものだったろうと想像します。
もし真田昌幸の子で無ければ、その立場はより軽いものであったろうと。
また馬廻り衆として禄を貰っていたことは確かのようですが、仕えたタイミングから言っても、能力を買われたというより、真田家の人質としての存在価値に比重があったように思います。
馬廻り衆になったタイミングも、かなり後半ですし、それをもって真田幸村と秀吉の身近さの証明になるかは疑問が残るところかと思います。

例えば大谷刑部の息子・大谷吉治も大阪の陣に参戦していますが、その扱いはかなり軽いです。
豊臣家との縁の深さで言えば、譜代格の大谷家なんかはもっと重用されて良いはずなのに、本人の評判が悪いのかなんなのか。
大谷家が潰されたのは、大谷吉治は家督を継ぐ前ですが、次期大名になることはほぼ決まっていた人物ですし、関が原の戦いでの戦歴もあります。
※毛利勝永も関が原の当時は父と参戦しているので立場はそっくりですね。

つまり、

「浪人になる前、大名などの高い地位についていたか」
「豊臣家のために命を懸けてくれるだけの義理があるかどうか」

というものにランク付けして、上から指揮官を決定していったわけでも無いように思います。

いずれにせよ、大阪の陣での指揮官クラスがどういった経緯で決定されたのかは面白い考察内容にはなりそうですが、深く追求すれば本を一冊書くような内容になりそうですね(汗)

No title

丁寧な回答ありがとうございます。
ここの頁の趣旨とドラマでの扱われ方に合わせて書いた旨、理解しました。

大谷吉治については史料が少ないので何とも言い難いですね。
吉継の子なのか弟なのかもちょっとはっきりしない人ですし。
大坂の陣での扱いを見る限りでは、恐らく大名格として
扱われなかったのだろうと推測しますが。

Re: No title


> 吉継の子なのか弟なのかもちょっとはっきりしない人ですし。
> 大坂の陣での扱いを見る限りでは、恐らく大名格として
> 扱われなかったのだろうと推測しますが。

扱いの低さからして、よほど問題のある人物だったのかも知れませんね。
それとも実は子でも弟でも無かったとか?
母の身分が低すぎたとか??

しかしまあ、無名だからこそ資料もあまり残っていないということでもありそうですよね。


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