真田丸・第41回「入城」(7)個性抜群!!後藤又兵衛の半生

後藤又兵衛 真田丸
全くの初登場ではありませんが、まともに登場したのは今回が初めてということで、後藤又兵衛も紹介しておきます。
毛利勝永といい、後藤又兵衛といい、急に名前ありで登場して、何者やねん!!とお思いの方もおられましょうし。
テロップが黒田家家来となっているのにご注目ください。



後藤又兵衛 真田丸
ちなみに前回登場したのは、石田三成襲撃事件のとき。
福島正則らに命を狙われた石田三成でしたが、真田幸村と真田信之が匿ったというお話の時です。
襲撃してきた福島正則でしたが、真田兄弟が将棋をしているフリで白をきったというシーンでしたが、ご記憶にございますでしょうか?
この時、唐突に現れたのが後藤又兵衛です。
テロップを見れば分かるように、この時は黒田家の家来でした。


※画像は大河ドラマ「軍師官兵衛」の黒田官兵衛
黒田家は大河ドラマ「軍師官兵衛」の主人公でもあった黒田官兵衛の黒田家になります。


毛利勝永 真田丸
毛利勝永や真田幸村とは違い、関が原の戦いでは、主人の黒田家が徳川家康に付いたため、勝者の側に立っています。


※画像は大河ドラマ「軍師官兵衛」の黒田長政
しかし、黒田官兵衛の後を継いで黒田家の大名になった黒田長政と折り合いが悪く、黒田家を辞めてしまいます。
当時の武士が大名の家来を辞めるというのは、今のサラリーマンが会社を辞めるのとは意味が違います。
今で言うと、ヤクザが足を洗うぐらい難しい話と言っていいでしょう。
※画像は大河ドラマ「軍師官兵衛」の黒田長政


※画像は大河ドラマ「軍師官兵衛」の黒田長政
この後藤又兵衛の退職に対して黒田長政が取った行動もまさにヤクザ(笑)
奉公構(ほうこうかまい)という通知を他の大名に出します。
奉公構とは、他の大名家の皆さんは、後藤又兵衛を雇わないように。
雇ったら黒田家と揉めることになりますよ。
という意味です。
つまり、現代のヤクザの破門状と全く同じモノです。
※画像は大河ドラマ「軍師官兵衛」の黒田長政



徳川屋敷を訪れる前田利家 真田丸
ドラマでも大野治長が後藤又兵衛を「剛(ごう)の者」と評していましたね。
剛の者とは武勇にすぐれた者。つよくて勇敢な者。といった意味。
黒田家に奉公構とされた後藤又兵衛ですが、退職した時点から凄い武将だったと有名だったらしく、他の大名が召し抱えようと躍起になったと言われます。
例えばドラマで登場した大名だと、前田利家や福島正則たちです。
しかし、黒田家の破門状のおかげで実現せず、一時期別の大名に仕えたりもしたのですが、結局は奉公構の影響でその大名家で務めることも叶わず、大阪の陣時点では浪人になっていました。


徳川家康 真田丸
ドラマでは真田幸村が九度山を抜け出して大阪城に入ったことを徳川家康が恐れているシーンがありましたが、本当に家康が驚いたのは、この後藤又兵衛の大阪城入城だったとか。
後藤又兵衛は朝鮮出兵や関が原の戦いなど、主だった戦いに参加した歴戦の勇士ですので、こちらの方が自然かと思います。
※ドラマでは真田幸村の活躍が散々描かれて来ていますが、ここまで戦争での活躍はほとんど唯一、上田城で徳川軍と戦ったいわゆる上田合戦のみ。しかも、上田合戦を指揮していたのは真田昌幸ですので、真田幸村自身はほぼ無名の存在です。


毛利勝永と後藤又兵衛 真田丸
黒田長政にここまで嫌われても詫びを入れなかった後藤又兵衛。
それでも大名たちがこぞって召し抱えたいと思わせる武勇。
大河ドラマの主人公にしても大丈夫そうな人物ですよね。
でも結構、知名度低くて可哀想なんですよねぇ。



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