真田丸・第42回「味方」(1)新キャラ織田有楽斎。ここまで未登場でしたが、実は結構ドラマに絡んでいました

「ごめんつかまつる・・・」織田有楽斎 茶々 真田丸
「ごめんつかまつる・・・」

14年ぶりに茶々に挨拶する真田幸村でしたが、そこにひょっこり現れたのは・・・





織田有楽斎 真田丸
織田有楽斎(おだうらくさい)。
テロップにあるように、織田信長の弟にあたります。
織田信長の父・織田信秀の十一男(汗)にあたり、信長からすると13歳も年の離れた兄弟です。


有楽町
東京の有楽町の語源になったとも言われる人物だったりします。
※ただし史実かどうかは怪しいらしいですが。


千利休 真田丸
織田信長の弟ではありますが、戦国武将としてよりも茶人として名高く、ドラマでも出てきた千利休の弟子でもありました。


有楽流
結構マイナー武将だとは思うのですけども、有楽斎の茶道の流派は有楽流として今でも残っています。


「私の叔父です」茶々 真田丸
「私の叔父です」

茶々さまも叔父と紹介していますね。
茶々さまは信長の妹の娘ですので、叔父にあたるわけです。



燃える新府城 真田丸
ドラマでは完全に初登場かと思いますが、実はドラマで出てきた歴史的な事件には結構絡んでいます。
例えば、ドラマは織田信長が武田家に攻め込むところから話が始まりますが、この時、織田有楽斎も兄・信長と一緒に部隊を率いています。


織田信忠の切腹シーンも非常に珍しい 真田丸
その後、信長は本能寺の変によって殺され、息子・織田信忠も近所の二条城に居たため逃げられず切腹。
織田信長の死はドラマでもよく描かれるところですが、真田丸では息子の織田信忠の方の切腹シーンがあり、非常に珍しかったです。
このエピソードは真田丸・第5回「窮地」でのお話ですので、記憶が曖昧な方もおられるでしょうけども・・・。
それはともかく、実は織田有楽斎は、この時、信忠と一緒に二条城に居たと言われています。
いったい、どうやって逃げられたのかは不明ですが、織田有楽斎が逃げられたなら、信忠もなんとかなったんじゃないの?って思ってしまいます。

【織田信忠切腹関連記事】
真田丸・第五回「窮地」(1)本能寺の変は織田信長が死んだことよりも、織田信忠が死んだことが大きかったというお話


豊臣秀吉 真田丸
織田信長が死に、その後、秀吉が天下を取ると、御伽衆(おとぎしゅう)として仕えたといいます。
御伽衆というのは、相談役とか話し相手といった役割ですね。
今で言うとコンサルタントと言ったところでしょうか。


関ヶ原の戦い・合戦
ドラマでは茶々さまの相談役といった立ち位置で登場ではありますが、関ヶ原の戦いにおいては徳川家康について活躍しております。
このため、徳川家康とも近い立場でもあり、豊臣家と徳川家の間を取り持つ役割を果たしていました。


片桐且元 真田丸
つまり、片桐且元が追放された今、かなり重要な役割を果たしている人物であることが分かります。
ドラマでもそれなりの存在感の役割のキャラクターになりそうですよね。

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ジャンル : テレビ・ラジオ

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