真田丸・第42回「味方」(7)自業自得?ツイてない?塙団右衛門の半生

塙団右衛門 真田丸
またまた濃いキャラが登場しましたね(笑)
かなり変わり者のようですが、その前歴も複雑です。



「それがし加藤嘉明(よしあき)様の元で鉄砲大将を務めておりました塙団右衛門(ばんだんえもん)」 真田丸
「それがし加藤嘉明(よしあきら)様の元で鉄砲大将を務めておりました塙団右衛門(ばんだんえもん)」

ドラマではこのように自己紹介しておりますが、この自己紹介はちょっと無理があるというか、実際は少し複雑です。


加藤清正 真田丸
まず注意しておきたいのが、元主人を加藤嘉明と言っていますが、加藤清正のことではありません。
このドラマでは、同じ人物を色々な呼び方をするので誤解される方もおられるかと思いますが、加藤嘉明と加藤清正は別人です。
※加藤嘉明は、管理人の知る限りドラマには出てきていないはず。


関ヶ原の戦い・合戦
関ヶ原の戦いでは主人の加藤嘉明が徳川家康に付いたため、勝者の側に立ったのですが、この関ヶ原の戦いの時に主人の命令を無視しています。
このことで怒られた塙団右衛門は、逆ギレして「遂不留江南野水 高飛天地一閑鴎」という漢詩を書いて加藤嘉明のもとを去ってしまいます。

「遂不留江南野水 高飛天地一閑鴎」とは「小さな水に留まることなく、カモメは天高く飛ぶ」といった意味。
天高く飛ぶカモメは当然自分のことであり、小さな水たまりは主人・加藤嘉明をバカにしてるわけです。
もう、これだけで十分に変わり者だと分かっていただけるかと思います(笑)


小早川秀秋もビックリ 真田丸
そんな塙団右衛門ですが、戦いの経験がある指揮官は、まだまだ引く手あまただったらしく、その後、ドラマにも登場した小早川秀秋に召し抱えられます。
ところが塙団右衛門にとって不幸なことに、ドラマでも触れられたように、小早川秀秋は死んでしまい、またも浪人となります。


徳川家康 真田丸
その後、徳川家康の子供の一人に仕えますが(※徳川秀忠ではない別の人)、その人も死んでしまい再び浪人(汗)




「そのような者がおるはずがござらぬ!!」福島正則 真田丸
さらにさらに、ドラマでも登場した福島正則に仕えますが、こちらは元々の主人であった加藤嘉明のクレームが入って、再びクビ(汗)
こうした経緯から言って、加藤嘉明を「小さな水たまり」とまで言った塙団右衛門が、わざわざ「加藤嘉明様の元で鉄砲大将を務めておりました」という自己紹介をしたことは無さそうな気はします。



塙団右衛門 真田丸
結局、大阪の陣が始まるタイミングでは浪人になっていたわけです。
それでも、ここまでの経緯を見れば、格別に豊臣家と縁が深かったわけではないことがお分かりいただけると思います。
むしろ、徳川家康の息子に仕えた経験から言うと徳川方に付くという手もあったわけです。
しかし「有利な徳川軍で活躍してもたいした手柄にならない。不利な豊臣軍で戦って活躍すれば、うまくすれば大名にだってなれる」といういかにも戦国武将らしい考えで、わざわざ負ける可能性が高そうな豊臣家に付いたようです。


真田幸村に名札を手渡す塙団右衛門 真田丸
ところで塙団右衛門が渡している名刺のようなもの。
これは名札と言って、まあようするに名刺なわけですが、名札を渡す文化が日本に登場したのは江戸時代になってからと言われていますので、ちょっと早いですよね。
当然、真田幸村もこういった自己紹介は初めてでしょうし、怪訝な顔をしているのは、そういうわけかも知れません。


塙団右衛門の名札 真田丸
もっとも中国ではかなり昔から名札を使っていたという話もあるので、当時の日本人が絶対に名札を渡すはずがない!!とは言い切れませんけども。
またまた個性の強いキャラが出てきたというわけです(笑)
三谷幸喜氏は、こういうキャラ付けの仕方が上手いなぁと感心します。




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