真田丸・第44回「築城」(1)マイナーキャラ大角与左衛門は秀吉の料理人だった

「太閤様にお会いしたのは、桶狭間の頃だ」大角与左衛門 真田丸
「太閤様にお会いしたのは、桶狭間の頃だ」

大角与左衛門とは、これまたマイナーキャラが登場しました。
名字は「おおかど」ではなく、「おおすみ」と読むようです。
「おおすみ よざえもん」ですね。







そして織田信長 真田丸
「桶狭間の頃」とは桶狭間の戦いのこと。
織田信長と今川義元という大名が戦った合戦で、何倍もの大軍であった今川軍を少数の織田軍が打ち破ったという日本史で一番有名な逆転劇となった戦いです。
桶狭間の戦いが起こったのは1560年。
このドラマの回から見ると54年も昔のことになります。
これはかなりの古株ということになりますね。
秀吉は織田信長の家来だったので、この桶狭間の戦いに参加し、その部下だった大角与左衛門も、秀吉に仕えていたということのようです。


羽柴秀吉 真田丸
ただし、太閤さま、つまり秀吉が織田信長に仕えた時期はハッキリとしていません。
ですので、桶狭間の戦いの頃に秀吉が信長の家来だったかも不明ですし、大角与左衛門を雇える立場だったかも不明です。
ということで「太閤様にお会いしたのは、桶狭間の頃だ」というのは、ドラマの設定かと思われます。
もっとも「お会いした」と言っているだけで、仕えたとは言ってません。
微妙な言い回しですよね。


大阪城内 厨 真田丸
大角与左衛門は秀吉の料理人として下働きをしていて、後に料理人の頭として出世したようです。
ですので(くりや)、つまり厨房にいるわけです。


大角与左衛門 真田丸
彼は後に大事件を起こすことになります。
以下ネタバレになるので、ドラマで楽しみたい方は読まないでください。


【ネタバレ】
翌年の話になりますが、大阪夏の陣において、大角与左衛門は大阪城の台所に火を放ち、大阪城は大混乱となります。
まあ、このタイミングでは既に勝負がついており、秀頼と茶々は自殺する準備をしていた段階ですので、与左衛門が火をつけようがつけまいが、勝敗には全く関係ないわけですが・・・。
昔のことですから、詳しい事情は分かりません。
たまたまこのタイミングで失火してしまったとも考えられなくもないですが、大阪夏の陣が終わってから、この火事の功績で徳川家康に仕えようと画策したという話が残っているので、そうだとすれば明らかな裏切り行為ということになります。
ちなみに、徳川家康はこういった裏切り者が大嫌いでして、大角与左衛門の再就職は叶わず、無職のまま死ぬことになるのですけどもね。
ドラマでは、どういう描かれ方になるのでしょうか。
わざわざ大角与左衛門を出してきたことからいって、このあたりの話は出てきそうですね。





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